
・「しかし東三条兼家の大臣の、
長男か、せめて次男というのなら、
ともかくあれは末弟だから、
中々出世の順番はまわらないのじゃ、
ないか」
「そんなことありません
運の強い人のように、
私には思われます
あの公達をおいて、
倫子姫の婿になる方があろうとは、
思えません
私にお任せ下さいまし」
といって、
北の方はことを運んでしまわれた
父君の雅信大臣は、
もう一つ気乗りのなさらぬ縁組で、
浮かぬ顔をしていられた
雅信大臣にしてみれば、
道隆公や道兼公より弟の青年、
官位も下の、
倫子姫より二歳も年下の、
若公達のどこに魅力があるのか、
お分かりにならなかった
結婚を許された道長の君は、
意気揚々と通われた
倫子姫との仲もむつまじく、
土御門邸での婿君のお取り扱いは、
至れりつくせりのおもてなし
父君の兼家大臣はそれを聞かれて、
「まだ官位の低いあの青二才を、
そんなに手厚く遇されるとは
落ち着きの悪い心地だ」
と洩らされた
おかげで道長の君の株は、
いっぺんに上がってしまった
左大臣家の正式な婿になられ、
その邸では下へも置かぬおもてなし、
にわかに重みが加わってきて、
今までと打って変って、
社会的に注目される存在となった
結婚前は、
そこらにいられる若公達の、
お一人であったのに、
左大臣家の婿ということになれば、
おのずと後光がさすような、
心地がされる
しかも后がねと、
かしずいていられた姫君を、
得られたのであるから、
なみの結婚ではない
道長の君は二十二で、
結婚なすったのだが、
それまではさまざまな縁談もあった
が、耳もかされず、
父君の兼家大臣は、
「どうするつもりだ
いいかげん身をかためなければ」
と心配していられた
思うと、
道長の君はこういう結婚を、
心に期していられたのであろう
一門のうちの末弟という、
ぱっとしない、
あたまの上がらない状態を、
よく考え、結婚相手は、
社会的身分のある人の、
重々しい姫君、
加えて財力豊かななる家、
由緒正しき血筋、
世間の尊敬
そういうものをそなえた、
条件を考えられたのでは、
なかろうか
現に道長の君は、
結婚以来、
ぐっと値打ちが上がられた
長兄の道隆公は自由恋愛、
自由結婚であったし、
次兄の道兼公は、
ごく普通の結婚で、
世の人の注意を引くことは、
なかった
道長の君は、
結婚に関する限り、
兄君たちをだしぬかれた、
ということもできる
その翌年には彰子姫も、
お生まれになって、
ご夫婦仲はむつまじい
そのころ、
道長の君は、
もうお一方の姫君と、
結婚なさった
この姫は、
先年、政争に敗退された、
源高明公の姫で、
姉の詮子皇太后の、
東三条邸に養われていた方である
皇太后はこの明子姫を、
お手元で可愛がって、
大切にしていられた
明子姫にもあまたの求婚者は、
あらわれたが、
そのどれにもお許しにならず、
お気に入りの道長公が、
結婚を申し込んできたのには、
喜んでお許しになった
この姫君には、
長兄の大納言、道隆の君も、
うるさく言い寄っておられたが、
詮子皇太后はお許しにならなかった
「あんな大酒飲みの、
色ごと師にどうして許せよう
それに比べ道長の君は、
まじめな人だから、
きっと明子を幸せにしてくれる」
と仰せられた
道長の君は、
こうしてお二方の北の方を、
お持ちでいられるが、
若いわりに聞きにくいもつれもなく、
双方、どちらもおだやかに、
むつまじく結婚生活を、
楽しんでいられる
とにかく、
姉君の詮子皇太后はじめ、
倫子姫の母、北の方の、
ご信用も絶大なところをみると、
どうも道長の君は、
年上の中老年のご婦人に、
「いい若者」
と愛される方でいらっしゃるらしい
きっと口まめ、
気のやさしいところがおありだろう
中老年婦人に、
気に入られる青年は、
陰気であってはならない
ちらと見た道長の君は、
いかにも若々しくさっそうとして、
明るく、のびやかな自信に、
あふれていられた
そのころは、
父君、兼家大臣も摂政で、
道長の君もどんどん官位が上がり、
権中納言になられた
前途に大きな希望があり、
そのせいでお邸中の、
体温が熱く、熱気となっていた



(次回へ)