第一章 最初の警告
1991年 コペンハーゲン デンマーク
・・・前略・・・
35年にもおよぶ熱心な研究の結果
スキャケベク教授は 重大な結論にたどり着いた。
男性の生殖能力が深刻な問題に直面している というのだ。
しかも 生殖能力を脅かす変化のいくつかは
次第に深刻さを増している兆候がある。
「これらの発見は予兆だと考えられる。
なにかが人間の生殖に悪影響を及ぼしており
恐ろしい事に その正体がわからない。
健康全般に影響が及んでいるとも考えられる。
私たちはこれを何らかの異変の予兆ととらえている。」
と教授は警告する。
推測でしかない部分が含まれているという批判に対し
とるべき対応策が分からないという現実に直面しながらも
教授は真剣な口調で答える。
「とりあえずは 警告しかできない。
私たちが危機に瀕しているという兆しは確かにある。
これまで自分なりに全力を尽くしてきた。
問題の存在を声を大にして語ってきた。
ああしろこうしろと指図するような政治的な手段は私にはありません。
それは私の手に負えない。
だが医師として実際に患者さんたちと接していると
問題の存在がはっきりと見える。実に恐ろしい事だ。
若い男性の精巣がんや 女性の乳がんがあまりにも多すぎる」
35年前スキャケベク教授は ある偶然をきっかけに
男性の生殖能力に問題が起きていることを知った。
そのころ彼は博士論文を執筆中で 不妊の原因を研究していた。
その過程で200人以上の不妊男性の組織サンプルを顕微鏡で調べた。
それは地道な科学研究の典型ともいえる骨の折れる手作業で
詳細な部分への徹底的な注意力を必要とした。
そんなある日 精巣に通常とは全く異なる奇妙な細胞を見つけた。
それまで確認も分類もされたことのない細胞だった。
遺伝物質を含む核が濃染し 形もいびつで
あまりにもたくさんのDNAが詰め込まれている。
しかも どういうわけか核以外の部分はからっぽで何もない。
見た事も無い細胞だった。
「ひとめ見て 重大な意味を持つ異常細胞だと解った。
それがどんな意味なのか分からない。
ただ 何かしらぞくぞくするものがあったのは確かだ。
それに 自分が知っている分類システムに
当てはまらないことが腹立たしくもあった。
その細胞が何なのか 皆目見当がつかなかった」
と 彼は回想する。
彼は精巣細胞の分類の権威として高名な
モントリオールのマクギル大学のイブ・クレモン教授のもとで
細胞の分類方法を学んでいた。
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