初夏の香りを含んだ風が、庭の梢から柔らかく流れてきて心地よく肌に触れる土曜日の午後。
二階の自室で、理恵子と珠子は二人して髪型の雑誌のグラビヤ写真を見ながら互いの顔と似合う髪型の話を楽しげに語りあっていた。
理恵子は
「珠子さんは、わたしと同じように面長なので、やはり長い髪を自然に流しておいた方が似合うと思うわ」
「丸型の人は、思いきりカットして軽くカールした方が可愛いかもネ」
と、鏡に向かいしきりに髪をいじり試行していた。
話の途中、理恵子が今度の休日に一緒に上京した人達と逢うことになっているんだが、大事にしてきたパンプスの底が傷んでしまったので、これから近所のミツワ靴店に行って来たいと言い出したので、珠子は
「理恵ちゃん、あすこのお店は駄目ヨッ」
と反対した。
それと言うのも、以前、彼女が修理に行った際、職人のお爺さんに足元ばかりジロジロ見られたた挙句に、女物は修理しないと断られたことがあり、お爺さんは腕は確かだが頑固で女物は一切手にしないことで近所でも有名であることを教えてくれた。
珠子のそんな忠告を聞いて、理恵子は何処へ行けばよいのか思案していたら、珠子が見かねて
「アッ! そうだ、わたしに良い考えが思いついたゎ」
と言って立ち上がり窓から庭先を覗いたら、大助は陽光に暖められた芝生の上にユニホーム姿で腹這いになり熱心に雑誌を読んでいたのが目に入った。
珠子は声をかけようと思っている途端に、何時も遊びに来ているミツワ靴店の孫娘であるタマコが、本と小さい手提げ布袋を提げて
「大ちゃん、わたしも、隣に寝転んで本をよんでもいい?」
と言いながら、大助の隣にしゃがみこみ話かけると、大助が
「俺、いま難しい英語の勉強をしているので、話相手になってあげられないよっ」
と顔を見ることもなく、つれなく言うと、タマコが「それでも イイワァ~」と返事をして、大助の横に真似して腹這いになると、大助は
「タマちゃん、顔を隣り合わせると気が散るので、俺の足元の方に頭を向けてお互いに反対方向に並べばいいサ」
と言って笑ったら、タマコは大助の言うことを素直に聞いて互い違いに寝転ぶや、彼女は「大ちゃんの足、汗臭いワ」と言いながらも、本を読みはじめた。
すると暫くして、タマちゃんは、漫画の面白さに思わず声を上げて笑い出すと同時に、両足先を膝から上げてバタツカセていたところ、その片方の足が大助の後頭部に当たり、大助が「アッ! 痛ェッ~」と言いながら
「タマちゃんの大根足で殴られ、まるで、野球のバットでやられたみたいだゎ」
と、大袈裟に叫び声をだすと、タマちゃんもビックリして起き上がり
「大ちゃん、ゴメンナサイ~」「わたし、うっかり漫画の面白さに釣られて思わず足を上げてしまったのヨ」
と弁解して、大助に愛用の布袋からビスケットを取り出して「コレタベテェ~」と大助にあげていた。
タマコのお菓子を生垣から見ていたのか、隣家のシャム猫のタマも忍び足で二人のそばに近寄って来て、彼女の手先をみつめていたが、大助が猫の鼻ずらをつっついて
「お前も来たのか」「五月蝿いから向こうに行けッ」
と言うと、タマちゃんは猫を脇に抱えて
「大ちゃん、オンナノコに大根足なんて言うの失礼ョ」
「わたしの、スカートの中を覗いたでしょう。大ちゃんの、エッチッ~」
と、文句を言いながら、また、猫を小脇に抱えて元通りに寝そべって本を読みはじめた。
珠子は、二人のそんなあどけない仕草を見ていて、思わず微笑ましく笑いがこぼれてしまった。
珠子の笑いに誘われて、理恵子も一緒に並んで庭先を見たら、確かに二人が並んで寝転んでいるのが見えたが、二人が逆さまに行儀良くならんでいたが、フットそういえば先日文房具屋で大ちゃんに手紙の難題を押しつけていたタマちゃんであることを想いだし、二人の仲良しぶりに、タマコちゃんは大ちゃんに対し幼いながらも淡い初恋を感じているのかなぁ~。と、勝手に想像してしまった。
珠子は、暫く二人の様子を見ているうちに、大助は熱心に何の本を夢中になって読んでいるんだろうと思い
「大ちゃん、一寸、用事があるんだけれども頼まれてくれるぅ~」
と声をかけたところ、大助は素気ない声で
「いま、英語の勉強中でいやだぁ~」
と素っ気無く返事をして、顔を向け様ともしないので、彼女は勉強なんて言い訳で何か良からぬ本でも読んでいるんだろうか。と、直感して不審に思い階下に降りて廊下から芝生の庭を忍び足で大助に近寄ると、タマちゃんが先に気付き
「大ちゃん!姉ちゃんが来た~」
と叫んだので、大助は慌てて読んでいた雑誌を腹の下に隠し
「姉ちゃん、勉強中に邪魔しないでくれよぅ~」
と不機嫌な声で言うと、タマちゃんも
「大ちゃん、いま、難しい英語の勉強中なので、ソゥ~ットしておいてあげてェ~」
と、珠子に言って彼をかばっていた。