日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(14)

2024年04月10日 03時39分06秒 | Weblog

 丘陵の麓に広がる林檎畑に白い花が咲き乱れるころになると、小川のほとりの猫柳も芽吹き、山里にも一年で一番美しい緑萌える季節が確実に訪れる。

 新しい生活の準備に追われた日々も、どうやら一段落してそれなりに落ち着き、節子さんも久し振りに実家に帰ると言うので、奥羽も越後同様に雪深い土地なので、幸い小雪の年とはいえ、道路事情を考慮して列車を利用することにし、健太郎は車で彼女を駅まで送り、その帰り道に気になる秋子さんの家を覗いてみた。

 裏口を開けると、日曜のため、理恵ちゃんが元気良くニコツと笑いながら顔を出し
 「おじちゃん こんな早い時間に来るなんて、どうしたの?」
と尋ねるので、節子さんを駅まで送った帰り道で母さんの顔を見にきたと告げると
 「あら そうなの~」
 「本当は急に寂しくなったから、話し相手を欲しくて、かあさんの顔を見にきたんでしょう?。かあさんも一人で退屈そうなのできっと喜ぶわ~」
と、二階の部屋に案内してくれた。

 炬燵にながまりTVを見ていた秋子さんが、理恵ちゃんの
 「おじちゃんが、かあさんの顔を見たいってさ~」「元気をだしてよ~」
と甘えた様に話かけると、秋子さんも意外な突然の訪問に怪訝そうな顔をして
 「どうしたの?なにかあったの?」
と奇異に思ったのか驚いて起き上がり、慌ててブラシで髪をなでてから座り直し、彼と向かい合って炬燵に入ったが、5日ほど顔をあわせなかったためか、少しやつれた様な素顔の顔でも、肉つきの良い丸顔で素肌が色白のためか少し青白く見えたが、健太郎の気のせいか目には輝きがあり、花の素顔に悩ましくも上品な色香を感じさせた。

 理恵子は、けなげにもお茶の準備をした後、間に挟まる様に炬燵に入り、蜜柑をいじりながら母親達の他愛ない世間話をうつむき加減に聞いていたが、病気の話に移り、健太郎が
 「マーゲンクレーブス、なんて難しいことをよくおぼえていたな~」「あんたには関係ないと思うがな」
と話すと、元気な頃の秋子さんに戻り
 「それはね、3年前に貴方が結腸癌を手術したとき、わたし真剣に本を読んだり店のお客さんで旦那さんを癌で亡くした人の話を細かく聞いたりして、貴方のことを心配したからよ」
 「だけど皮肉ね!わたしが癌になるなんて・・」
と答えたが、健太郎は理恵ちゃんも側にいることだし、余り詳しい話もと思い話題を変えようとしたが、普段、強気な彼女らしく、また、理恵ちゃんにも親子の間で日常それとなく病気のことを話し合っているのか
 「ねぇ~、先生。」「先生も、世間では初恋は結ばれないと言われているのに、10数年越に貴方と結ばれる機会を逃がしていた節子さんと、予期しないことから、御夫婦になられることだし、まずはおめでとうと申し上げますが・・」
 「これで、亡くなられた奥さんから生活の下手な貴方の面倒を見てほしい。と、頼まれた責任を果たしたのかなぁ。と、ほっと安心しておりますわ。正直に言うと少し寂しい気持ちもありますが、まさか、わたしの後輩の節子さんが貴方の奥さんになるとはね~。人生って本当に不思議ねぇ」
と、しみじみとして話すので、彼は
 「いや~、わたしもこの様な人生の巡りあわせを不思議に思っていますが、これも貴女のお陰と感謝しております」
と返事すると、彼女は
 「今更、お世辞抜きで、この機会にお話ししたいのですが・・」
 「わたし、本当に癌でも、もう覚悟はそれなりに出来ているつもりですが、せめてこの子が成人するまでは。と、それのみが唯一の心配ごとなの」
と言うと、それまで黙って聞いていた理恵ちゃんが、急に険しい顔をして
 「かあさん、そんなに心配することないよ」「ね~、おじさん!」「おじさんも、こんなに元気じゃないの~」
と、母親を勇気ずけるので、彼も思いつきで、自分の経験に照らし
 「節子さんから聞いたのだが、ステージⅡなら、そんなに思いつめることは、かえって体力・精神力を消耗してよくないよ。むしろ、免疫力をつけるために、食事を工夫したり半身浴もいいらしいよ。なにしろ今は3人に一人が癌に侵されるとゆうし、自慢にならぬが、わたしは貴女もわかる通りステージⅣと診断され医師も諦めた状態だったのにご覧の通りで・・」
と、慰めともつかぬ返事をした。

 理恵ちゃんは、私達の話に納得したのか、笑いながら
 「母さん、女は恋をすると脳が活性化して、元気がでるらしいのよ?」
と、ませた言葉で母親を元気つけるや、秋子さんは
 「まぁ この子ったら親に対しなんて言うことを・・・」「お前、徹君と蒼い恋でもしてるのかね?」
と言い返すや理恵ちゃんは
 「ウ~ン。織田君は嫌いでないが・・。恋人かどうか判んないやぁ」
 「あの子、時々、炬燵の中で勉強中に、わたしがわかんない~。と、言うと、わたしの足をわざとらしく踏みつけるだよ」
 「わたしが、大学を出てもあの子やっと就職して2年目でしょう。わたしを、食べさせて行けないから無理だわ~」
と言い返し
 「その恋人らしき徹君が今日わたしの勉強の補習に来ることになっているんで、わたし下に行くわ」
と捨てせりふを言い残して階下に降りていってしまった。

 理恵子がいなくなると、秋子さんが少し思案した末に、先程の話を引き継ぎ
 「ところで、先生。わたしの別れた亭主に今でも逢う時があるの?」
 「あの人は、先生も御承知の通り、店の従業員と不倫して二人で逃げる様に家を出ていつたのですから、この先、どんなことがあっても、理恵子には逢わせないでくださいね」 
 「あの子は、わたしの妹とはそりがあわないし・・」
 「自分勝手なお願いで恐縮ですが、成人するまでは貴方にお願いしたいのですが・・」
と、真剣に話すので、彼も
 「良く判っています」「幸い、節子さんにもよくなついているようですし」「お互いに、この病気では万一のことも、年齢的に考えておかなければならないし・・」
と、卒直に考えていることを返事すると、秋子さんも、やっと思いを告げた安心感からか普段の優しい顔にもどつた。

 しかし、秋子さんの離婚した彼氏のことは、毎年、彼の求めで一度会うことにしているが、父親としての責任を自覚し、理恵ちゃんが事の是非を分別の出来る歳になるまでは絶対に合わない様に言い聞かせてある。
 彼氏も理恵ちゃんのために密かに貯金をしている旨答えていた。 勿論、秋子さんの病気のことは話してない。

 病気のことは、いずれ節子さんが帰宅したら、三人で老先生のところに伺い、主治医の診断ともあわせ、治療・療養方針を作ってもらうことにして、私達の式を終えて暖かくなったら、四人で秋子さんや節子さんの故郷でもあり、自分にとつても若き日の思い出が一杯積もった懐かしい、奥羽山脈の懐に囲まれた山と川のある町に旅行しようと約束して、また、暫くの間、人気のない家路についた。
 




 

 

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