日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 11

2024年01月03日 09時48分48秒 | Weblog

 老医師であるお爺さんは、美代子の切羽詰った話と表情を見ていて、孫娘の誇大すぎる悲壮な話と思いつつも、内心では彼女の心情を理解出来き、余りにも自己中心的な考え方に困惑を覚えた。
 その一方、中学生の頃から可愛いがっていた、大助を自分のそばに置いておきたい願望もあり、考えも纏まらないままに「よしっ、ご飯にしよう」と言って、彼女の話を遮り、キャサリンに夕飯の用意を催促して用意させ、皆が食卓についてキャサリンが大助君のお茶碗に御飯を盛り付けようとしたとき、彼女は
 「ママッ!大ちゃんのことは、私がするからいいゎ」
と言って、キャサリンからお茶碗をとり上げて、自分で不慣れな手つきでご飯をよそって、祖父や母の目をチラット見て恥ずかしそうに大助に差し出した。
  お爺さんは、その様子を見ていて、思い込みの強い彼女の性格から、彼女の言い分を否定すれば、このあと、何をしですかと思うと心配でならなかったので、美代子と大助の気分を察して、食事の雰囲気を和らげるべく、冗談交じりに大助に対し
 「君もとんだ災難に遭遇してしまったなぁ。寅太のヤツ、余計なことをしやがって、またもや、ワシにテロを仕掛けよったわ」
と、苦笑いして言うと、彼女が
 「ナニヨ ヤブイシャガ」「娘心も ワカラナイデ」
と、ムキになって小声で呟いたが、お爺さんは彼女の話など意に介せず
 「大助君。君が今日、突然、訪ねてきてくれたのでワシは嬉しいが、もう帰る汽車もないので、今晩は此処に泊まっていってくれ」
 「君の勉強と生活環境、それに我が家の爆弾娘の始末については、あとで、キャサリンと相談して、君と君の家族に迷惑をかけない様に、なんとか知恵を絞って考えるから」
と言うと、彼女は大助の肘を指で突っきニコット笑って、<大ちゃん、判ったでしょう。>と、言わんばかりに満足そうな顔をしたが、大助は明日からのことが心配になり、彼女には目もくれずに黙々とご飯を口に運んだ。 
 彼女は大助の空になったお茶碗を見て、今度は山盛りに御飯をよそうと
 「今日、お昼も満足に食べていなし、ホテルでのお食事も喉に通らなかったでしょうに・・、沢山食べてネ」
と言って渡した。 
 お爺さんとキャサリンは、彼女の嬉々とした姿となんとなく頼りない手つきだが、彼に対し馴れ馴れしい態度、それを自然に受け入れている大助の健康的で旺盛な食欲と、二人の意気のあった態度に、彼等は、すでに友達関係の域を完全に超えていると改めて悟り、深みにはまらねば良いがと思う心配と、飾ることもない和やかで嬉しそうな様子に、安堵して見とれていた。

 母親のキャサリンは、美代子の言い分を黙って聞いていて、内心、大助の体からほとばしる健康な若者男の匂いが美代子の幻想を豊かにし、チョットした大助の声のリズムが美代子の聴覚をウットリとさせ、彼女の愛情はそうゆう未熟であるが、青い果実の様に旺盛な成長力を秘め、彼に身も心も献身的に捧げて尽くす、清純な娘心を愛しげに思った。
 彼女は、美代子のそのプラトニックな愛情は、信仰する神マリヤ様にすがる心に通じ、彼女が趣味のピアノに求める心にも通じていると思い、その清純さと意思の強さが、大助君にも何処か通じるものがあると感じとった。
 彼女は、それにしても二人が中学生のころ河や裏山で遊んでいた、あのあどけない頃に比べて随分と大人っぽく成長したもんだと、我が身の環境の悲劇的な変化や、自分も歳を重ねていることを忘れて、彼等が頼もしく思えた。

 大助と美代子が、食事後、食堂で待機している寅太と三郎に話の結果を連絡すべく家を出るとき、お爺さんは大助に
 「麓の街は日が落ちると急に冷えるので、ワシのアノラックを着て行きなさい」
と言って、美代子に用意させた。
 美代子は、今晩は大助が家に泊まってくれるのが嬉しく、彼の腕に手を絡めて機嫌よく、寅太の待機しているラーメン屋に向かった。
 彼女は、歩きながら大助に
 「ねぇ~、わたし達にとっては常識的で普通のことが、何故こんなに面倒なの?」
と話しかけたが、彼は今日一日の突然の予期しなかった出来事に、今後のことが心配になり、返事をしなかったので、彼女は、絡めている腕を揺さぶり
 「大ちゃん、怒っているの?」「なんとか返事をしてょ」
と催促したので、彼は
 「美代ちゃんの我儘勝手な行動には、僕、返事の仕様がないよ」「お爺さんも困っているだろなぁ」
と呟くと、彼女は本来の強気に戻り
 「そんなことないゎ」「君が見えたことで、あれで結構喜んでいるのょ」
と、彼の心配を気にもとめず
 「明日からは、大ちゃんの引越しに頑張るゎ」
と、またもや、誰も決めてはいないことを自分勝手な思い込みで明日自宅に引っ越しすると言いだし、彼も内心あきれ返っていたところ、町の馴染みのお婆さんに出会い「オヤオヤ 美代子さん、お婿さんと一緒に何処サ行くのかね」と声をかけられ、彼女は「お婆ぁ~さん、冷えてきたので、風邪を惹かないようにしてね」と挨拶し、お婿さんと言ってくれたことが嬉しく
 「ほらみなさいっ!大ちゃん、町の人達は、わたし達のことを、当然のことの様に思っているのょ」
と、益々、上機嫌で彼の横顔を覗きこんで青い瞳を輝かせていた。

 店に入ると、寅太と三郎は、ビール瓶を脇に置いて餃子とラーメン丼をテーブルに残したまま何やら話しこんでいたが、美代子の話を聞くと、三郎が
 「あぁ~、やっぱり心配しただけ無駄だったか」
 「寅のヤツ。何時、爺さんから呼び出しが来るかとビクビクしていて、今晩ばかりは真紀子に、<シッカリシナサイ>と逆に励まされていたよ」
と、相変わらず呑気なことを言ったあと、急に白い封筒を出して
 「美代ちゃん、さっき貰った封筒の中味を見たら、10万円も入っていたので、幾らなんでも全部貰う訳にはいかんわ」
 「折角だら美代ちゃんの好意に甘えて、寅太と1万円だけ貰っておくわ」
と言って封筒を差し出したので、美代子は、昼間大騒ぎをさせた手前もあり、それに、何より想像に反して家庭内が荒れずに、自分の思う様に話が進んだこともあって
 「いいのよ。そのお金を持って帰れば、お爺さんとママに対し、わたし、良心が咎めるゎ」
と返事をして大助の顔を覗き込んだら、大助は
 「美代子の言う通りで、何よりも君達に大迷惑を掛けて、下手すると地獄へ行く寸前だったので、僕のお金でないが、まぁ美代子の気持ちと思って、いただいておけばよいさ」
 「考えてみれば、正雄先生も、君達の奮闘努力のお陰で、美代子に久し振りに逢えたことだし・・」
と言って笑っていた。
 三郎は引っ込みがつかなく躊躇していたが、寅太は三郎を見て顎でしゃくり
 「こいつは、長生きするよ」「それにしても、お爺さんが怒らずによかったなぁ」
と一言呟いて苦笑すると、三郎は大金を貰った嬉しさもあり、大助に
 「今晩は汽車もなく帰れず、泊まりだろう」
 「そうなれば、今夜は村で一番の美人を抱きしめて、今度は昼間と違った意味で、うんと彼女を泣かせてやってくれよ」
と、相変わらず調子に乗ってへらず口をたたいたので、寅太は「このスケベ野郎っ!余計なことを言うな」と言って、本気で彼の頭に拳骨を一発くらわせた。
 三郎は「チエッ!今日は最後まで運がついていないわ」と首をすくめていた。
 美代子は、三郎を慰める思いで悪戯っぽく
 「サブチャン お心遣いしてくれて有難う。君が今日一番の福の神ょ」
と言って大助と寅太の顔を見て笑っていた。

 お爺さんとキャサリンは、彼等が出掛けたあと、大助が静かに勉学に勤しむ方法や美代子のことについて話あった。
 キャサリンは、これから厳しい冬を迎える大助君の生活環境と、美代子の彼を慕う心情を調和させるには、先行きのことはともかく、取り敢えず、春まで大助君に家から通学してもらい、その代わりに、美代子には、大助君の迷惑にならぬように、自分の部屋で一緒に寝てもらうことにして、いずれ節子さんの協力をえて大助君の家族の了解を得るしかない。と、珍しく自分の考えをはっきりと述べた。
  キャサリンは、二人をその様にさせることにより、美代子が自分の手元で生活の実技と、礼儀や作法を、自然と身につけ、大人の女性として成長することを願い考えた。
 お爺さんも、キャサリンの意見に異存なく
 「ヨシッ!善は急げだ。明日は日曜だし、業者に頼むのも仰々しいので、寅太と三郎に手助けしてもらうように、山崎社長に頼むことにしよう」
と即座に納得し、彼等が帰宅したら説明しようと機嫌よく答えた。

 大助と美代子は手を繋いで家路に向かい、ススキの穂がそよかに揺れる河沿いの堤防の道をゆっくりと歩き、大助が薄黒く霞んで見える対岸の3本杉を見て指差し
 「春に別れるとき、あの杉の木立に祈った美代ちゃんの敬虔な気持ちは、どうなってしまったんだい?」
 「遠く離れても、二人で頑張ろう。と、神様に祈ったんでないのかい」
と、何気なく呟くと、彼女は気分が高揚しているのか、立ち止まって彼に抱きつき、声を細めて
 「そんな意地悪言はないでぇ」
 「今、こうして大ちゃんと歩けるのも、あの杉の霊が、わたし達を見守っていて下さるからょ」
と、彼の背中に廻した手に力を込めて答え、顔を近ずけて目を閉じたので、大助は自然と唇を合わせると、彼女の燃え盛る情熱が熱く伝わってきて、肩まで垂らした髪にアマリリスの様な香りが漂っていた。

 飯豊山脈の峰々の端にかかる、中秋の半月も明るく、星屑もまばらな今宵は、月の光が二人の蒼い影を照らし、そよ風が美代子の長い髪を微かにゆらしていた。
 

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