東村山・小平経営者倫理法人会モーニングセミナー毎週水曜日朝6:30から八坂神社にて開催!

東村山・小平経営者倫理法人会モーニングセミナーの要旨を載せています。「万人幸福の栞」明朗・愛和・喜働・純情

「全てはムードで」

2010年07月16日 | Weblog
2010年7月14日(水)6:30~7:30八坂神社に於いて
東村山市経営者倫理法人会モーニングセミナーが開催されました。

※ウエルカムデー※

講 師 千葉県浦安市倫理法人会 会長
山一産協㈱ 専務取締役 内山 昌紀氏

テーマ 「全てはムードで」

内山家は350年続く家。代々、49歳を超えて生きている男性がいない。

土方業を営んでいた祖父は36歳で突然亡くなり、父がまだ15歳のときに家を継ぎ、社長に。事業主として先見の明があったのか、生コンクリート業にし、一代で財をなす。

現在では土木、解体、不動産業のほか、老人ホームや保育園、飲食業などを事業内容とし、社員数約1500名。

とにかく「一日一日を大切に」それが父の座右の銘だった。自分もその言葉を大切にしている。口にしたことは本当になる。なので、従来の内山家の常識を破り、100歳まで自分は生きようと思う。

5人の姉弟の次男だが、姉弟ともみな、親ではなく、親戚たちにそれぞれ預けられ、育てられたので、親の愛情をあまり知らない。

幼少時は運動会や父兄参観とかの行事がいやでたまらなかった。家族と一緒にお弁当を食べるとき、自分には一緒に食べる人がいなかった。誰も自分の晴れ姿を、観に来てくれる人はいなかった。

こう言うと淋しい生い立ちかもしれない。だが、親が存在していたことに、いまは感謝している。この世に生を頂いただけでありがたい。

父はきびしい人間だった。倫理を学ばずとも、倫理観を持ち合わせていた。「死をもって生きる」を実践していた人だった。

小学校6年生から、新聞配達やジュース配り、様々なアルバイトを経験したが、つらいと思ったことはない。「人生に何ひとつ無駄な経験はない」を実感。

多感な学生時分には、ツーリングクラブを組織し、その長を務めた。
26歳で1億5千万円の借金を背負いこむ。連帯保証人になったがためだった。死ぬかもしれない、と思ったのは、その保証人になったことも関係してのこと。

池袋で乗用車のトランクに押し込まれ、ある場所へ連れて行かれたとき。殴られ、蹴り続けられる…いつまで止むともしれない。もう、終わりか…。そう頭をよぎったとき、突然、「昌じゃないか」そう声を掛けられた。ガソリンスタンドで働いていたときによく来てくれては、チップをくれたお客さんだった。

そんな死ぬか生きるかの経験を通して見えてきたもの、感じたこと、それは、「人は運と出会いですべてが決まる」命拾いして生きてこられたのも、そのとき助けてもらったから。だから、いま、ここに生きている。

倫理との出会いは、叔母で初代浦安市倫理法人会会長、㈱山一三協取締役社長の柳内光子氏。「浦安に経営者倫理法人会っていうのを立ち上げようと思うんだけど、幹事やってくれない」の一言。「名前だけでいいし、別になにもすることないから」。

〝経営者なんてみんなワガママなんだから、そんなのできっこない〟と、当初は猛反対。が、逆もまた真なり。倫理に見事にはまり、専任幹事として平成16年に千葉県浦安市倫理法人会を設立に尽力。1ヶ月強で60社の入会を動員。

以後4期を務め上げ、千葉県青年委員長を経て、現在3代目会長。
浦安市倫理法人会は、平成18年度にMS出席社数、年間日本1位を獲得して以来、常に動員数が上位3位に入っている。年間日本一を過去に四度。

人の能力の差は、あってもぜいぜい、2~3倍程度。それに対し、思いは1,000倍ほども違う。マイナスな言葉は、決して使わないようにしている。その言葉を口にする自分は良くても、周囲にとっては、迷惑なだけ。
 
 「つらいから、逃げるのではない。逃げるから、つらくなる」

「楽しいから笑うのではなく、笑うから、楽しい」

 倫理を学んで良かった。
これからも、仕事も倫理も、どうせやるなら、一生懸命。


*次回のモーニングセミナーは2010年7月21日(水)

講 師 (社)倫理研究所 参事 宮井 ヱイ子 氏

テーマ 「成就への道」