働くこと以外に楽しみがない
話し相手もいない母に
あれこれ提案してた
園芸好きで、プランターや苗を買い趣味を広げられるようにとか
使わない段ボール、ボロ布を溜め込んでばかり
家の周りもガラクタを積み上げてる母に
捨てて!捨てて来るから持って帰る!とか
片付けを急き立ててた
足元を片付けて暮らしやすくしたかった
それは私の価値観
何も言わなければ良かった
何も片付かない家に苛立ち
もう片付けなくていいから
処分費用を置いといてと言ってたら
置いてあった
言わなきゃ良かった
自分が面倒くさいのを引き受けたくないだけだった
今になって思う
私との会話が、愚痴悪口、不平不満ばかり
もう、ウンザリ!になり
声も聞きたくないと思ってたのに
今、声が聞きたい
電話をかけても、もう母はいない
そんなことが溢れてくる
私が子どもに、もうしんどいのよとボヤくようになって
母は、私以上にしんどかった、そして癌のしんどさもあったはず
何も配慮できなかった
私は子どもだった、甘えてた
娘が気遣い昨日も手土産持って来てくれた
楽しく近況報告してくれる
今まで、末の障害児の弟ばかりで寂しい思いをさせたので
最近は、娘の話しをウンウンと聴くようにしてる
笑わせてもらいながら、私も聴いて!と内心思う
母は自分で消化できずに溜まりきった感情を私に吐き出してたんだろうな
老いていく不安やしんどさとともに
こんな後悔からの気づきが溢れてくる
溢れてきたら泣く
泣いて、感情も流していこうと思います
母は写真嫌いで、何も写真がなく
葬儀の時は弟の家にあった40歳くらいの写真
葬儀後、私の30年前の結婚式の時に控室で撮った写真を思い出し
写真スタジオに依頼して遺影にしてもらった
目元や口元を少し修正入れて顔立ちをよくしてくださって
フレームも遺影っぽくなくシンプルに
サイズもハガキサイズで小さめ
結婚式の時なので、着物姿でいい顔してる
子どもにも持っててあげてと渡した
写真撮っておいてよと言っても何もしてなかったけど
何とかなりました