Takekida's log

千里の道も一歩から

船から解く日本史

2023-07-08 22:27:12 | What`s new ?
 筆者の船舶技術者としての景観を生かして歴史の謎に挑んだ第2弾。
具体的には
1.邪馬台国はどこにあったのか?、
2.秀吉は亀甲船に敗れたのか? 
3.日露戦争日本海海戦で日本はなぜ完勝できたのか? 
の3項目に絞った内容。
1.邪馬台国では神話で記される皆既日食がみられる場所及び日本がこのころ貿易品として重宝された産出品の翡翠が大陸から鉄を仕入れる際の主要交易品だったことからこの交易の道を伝って邪馬台国へ交易がなされたという推測から当初は九州で途中から近畿に移ったのではないか との推測
2.亀甲船では実際の文献から存在した可能性高く、実際の復元を予測すると戦闘能力としては日本の戦い方に対して非常に有力だった可能性あり。一方でこれで打ち負かされたというよりは根本的には兵站に起因するものが大きかったのではとの推察
3.日露戦争海戦 劇的な勝利ではあったもののT字戦法など作戦に起因するものというよりはバルチック艦隊の強いられた不利な条件(長い移動時間、洋上補給を強いられたことによる訓練不足、石炭過積載、航行能力低下)に起因するものが大きい。
  歴史に関する研究としては科学的な分析な手法も増えてきて謎が解明してくるケースもこれから増えてくるのではと思いますのでより「正確に」歴史から学ぶことが出来ていくように思います。今の歴史の常識もだんだんと塗り替えられていくものなのでしょう。日本は基本的に世界の中で後れを取りながら追いつくときは高速ににキャッチアップするというのを繰り返してきたように思います。その中であくまでガラパゴスのような環境で生み出された たたら製鉄、日本刀など特色あるものが生み出されてきたと言うのはある意味、適度五大陸から隔離されてきた環境がなせた独自の進化なのかもしれません。
 改めて自分の子供ころと比較すると驚くほど物理的距離の圧縮された時代が生まれつつあるように思います。今あるものを最大に活用してどんな独自性を生み出せるのか?日本は衰退しつつあるように感じてしまうわけですが歴史は繰り返すというわけで危機になった時こそ過去の変革に学ぶことを真剣に考えるべきで日本史の転換点に学べることはまだあるのかと思います。
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