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小さき花-第1章~5

2019-12-03 19:02:39 | 小さき花
 私は、もし父母を悲しませるような事をするか、父母の悲しそうな風でも見ると、そのままに済ます事が出来ぬほど、心が耐えられぬ様になり、直ぐに悪かったという事を悟って謝るが、これを慰めようと努めました。その証拠には母の手紙の中に次のような事が記されてありますから分かります。
「……ある日私は、一度テレジアを抱き寄せようと傍に行きました、が、良く眠っているように見えていたので、せっかく寝ている者を……と思い、そのまま部屋を出ようととすると、マリアは「お母さん、テレジアは確かに良く眠っている真似をしているのですよ」と申しましたから、私は可愛く思い、彼女の頬に私の顔を当てて抱き上げようとすると、てれじかは毛布で頭を隠し、甘えたような口調で「見られるのは嫌!」と言いました、それで私はこれを不満足に思いその様子を彼女に見せましたが、直ぐに彼女の泣き声を聞きましたが、別に気にも留めず庭の方に行こうとすると、いつの間にか彼女は彼女よりも長い寝間着のままで私の前に平伏し、涙を菜がして「お母ちゃん、私が悪かったから赦して頂戴!」と謝りました、そこで私は直ぐに赦して、この天使のような児を抱き上げいろいろ愛撫しました。
 私はその時分、訪問会の学校を卒業して家に帰っていた私も代母であった長姉マリアを特別愛していた事を良く記憶しております。そしてマリアがセリナに学科を教えている時には、私もその部屋にいる事を許されたので、何事も注意して見聞致しました。多分、今日の様に物事を判断していたようにも思います。また姉達から度々いろいろのお土産を貰いました。これはそんなに立派なものばかりではありませんでしたが、そのたびに喜んでこれを受けました。
 私はこの二人の姉について充分誇りとする事が出来ます。ポリナは遠方にいたから私は朝から晩までただポリナの事ばかり思い、母が時々「お前は何を思っているのか」と尋ねますと、その都度「ポリナの事を」と答えておりました。時々ポリナは修道女になるという事を聞いておりましたので、私はそのとき修道女というものはどういうものかその意味をはっきり知らずに、ただ私も修道女になりたいという考えを持つようになりました。これは私の最初の記憶に残り、そうしてその時から少しも決心が変わりませんでした。即ちこの姉の手本によって、私は二歳の時から童貞を好し給うイエズス様の方に心を引き寄せたのは姉であります。ああ、母様、あなたとの関係について愉快な話しを聞かせたいが、あまり長くなりますからこれを書く事を断念しましょう。
 親愛なる小さきレオニアも私を深く愛してくれましたから、私もまた深く慕っていました。午後学校から帰ってから、他の家族の者が運動に出て不在の時には、喜んで私を守ってくれました。そして私を眠らせる時などはいつも歌を歌うのですが、その鈴やかな美しい音声は、今も耳に残っています。
 また此の姉が初聖体を受けた時の事を良く覚えております。此のアランソン市の富裕なる家庭の習慣として、私の母がレオニアの友人なる或る貧しき小さき女の子の為に初聖体を受ける時に着る衣類を整えて与えました。その児はその日一日レオニアの側を離れず、夜、家でご馳走がありましたが、そのときにも一番上席に就かせました。私はあまりにも幼かったので、此の席に与る事が出来ませんでしたが、父は親切にも自分で御菓子を取ってこれを小さき女王に持ってきて下さいました。
 どれほどセリナが温順しくそうして優しく、私が腕白であったかという事が次の母の手紙によってよくお分かりになりましょう。此の時私は満三歳でセリナは六歳六ヶ月でありました。
「……小さきセリナは誠に大人しく優しく、余程善徳に傾いておりますが、いま一人の赤ん坊はまだ小さく腕白でありますから、どういう風になるかわかりません。この児は至って利口なたちですが、セリナほど大人しくなく、殊に堅意地で、一度言い出した事はなかなか承知せず、その場合にはたとえ一日暗い土蔵の内に入れられても、少しも我を祈ることをせず、そこで寝てしまうというくらいに強情である……」と。
 私は母の手紙に記されていないもう一つの欠点がありました。これは即ち大いなる自愛心であります。ここに二つの例を挙げましょう。ある日母が私の自負心がどれ程に強いか知りたいと思われてか、微笑みながら私に向かって「テレジアよ、もしお前がちょっと土に接吻してくださったならば一銭をあげよう」と申されました。一銭!一銭!此の時分の私に取っては余程の宝であります。そして此の宝を得る為に、強いて、私の名誉だとか威厳だとかを堕さなくとも、背の低い小さな身体をちょっと屈めさえすれば、すぐ土が届くくらいで、造作もなくこれを得られたのでありましたが、此のとき自慢の心がむらむらと起こりまして、わざと小さき身体を堅くし、きちんと真っ直ぐに立って「ああ、小さきお母様、一銭も要りません、貰わなくても結構です……」と母に答えました。(続く)

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