N子さんは、犬がだいすき
N子さんは、夫とこども達、おしゅうとめさんと郊外の住宅で暮らしながら、白くてちいさな犬を「シロちゃん」となづけ、それはそれは大切に育てていました
家族みんなで「シロちゃん」をかわいがり、こども達もすくすくとおおきくなっていきました
やがてこども達は独立し、夫とおしゅうとめさんとの三人暮らしになりました
大切に育てていた「シロちゃん」も、年をとって亡くなりました
N子さんははなれて暮らすこども達をおもい、亡くなった「シロちゃん」をしのんでは、人知れず枕をぬらす夜もありました
歳月がたって、N子さんは「シロちゃん」のことを思い出すことも、だんだん少なくなりました
それでも、近所でかわれている犬を見かけると、おもわず近づいて声をかけてかわいがり、「シロちゃん」を思い出しては、また涙をおとすのでした
そんなある日の朝、N子さんは家の外から聞きなれない犬のほえ声がつづいているのに気づきました
近所の犬の声でもないし、ほえ方がおとなしくなったかと思うと、また急にはげしくほえたりします
なにか尋常ならざる気配に、N子さんは、そのほえる声の主を確かめようと玄関から外へでました
すると、その声は、なんとN子さんの家の目の前のアパートから聞こえてくるではありませんか
近づいて目をこらして奥をのぞくと、アパートの廊下には、犬用のキャリーがおかれてあり、ほえる声はそこから聞こえてきます
こんなところに犬を放置するなんてひどいと、N子さんの胸はしめつけられる思いです
はやく飼い主に帰ってきてほしいと念じながらも、よその犬には何もできず、N子さんは家にもどるしかありませんでした
が、昼をすぎても、夕方になっても夜になっても、飼い主は帰ってくるどころか、犬のほえる声はますます大きくなり、狂ったようにほえつづけています
そのほえ声は、あまりにすさまじく、人の手にあまる凶暴犬かもしれないと思うほどでしたが・・・
N子さんは、どうにもいたたまれずに、とうとうそのアパートの廊下にはいって行き、おそるおそるキャリーのふたをあけてその中をのぞきこみました
すると、あんなに大声で、まる半日もヒステリックにほえつづけていた犬は・・・
見れば、数キロほどの、かわいい小さな白犬だったのです
あっ、この子はあの「シロちゃん」にそっくり、とN子さんは目をみはりました
こんな狭いキャリーにとじこめられて、犬は身動きもできず、水も食べ物もなくトイレもできない・・・
「ああ、あのシロちゃんが、こんなかなしい姿で戻ってきた・・・」
N子さんはあまりにかわいそうな犬を目のあたりにして、こみ上げるものをこらえきれません・・・
とはいえ、他人さまの部屋の前にいる犬を勝手にどうすることもできません
N子さんは泣く泣く自分の家にもどると、しばらくして、その犬は、はたとほえなくなりました
N子さんはようやく少しほっとしましたが、どうにも気になって玄関からのぞいてみると、アパートの前には、なんとパトカーがとまっています
いったい何があったのでしょう・・・