因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ネットで歌舞伎☆三月大歌舞伎「沼津」

2020-04-27 | 舞台番外編

*公式サイトはこちら 無料配信は昨夜で終了 夜の部最後の幕は、「伊賀道中双六」より「沼津」の段。東海道を旅する呉服屋十兵衛(松本幸四郎)は、沼津のはずれで荷物を持たせた雲助の平作(松本白鴎)の足の傷を印籠の妙薬で手当てしてやった縁で、平作の家に立ち寄り、娘のお米(片岡孝太郎)に一目惚れ。しかしお米が十兵衛の印籠を盗もうとしたことから、この十兵衛と平作、お米の驚くべき関わりが明かされてゆく。

 前半は、若々しい十兵衛の二枚目ぶりと、足元のおぼつかない平作のやりとりがとても楽しく微笑ましい。ふたりは上手から客席通路に降りて、下手まで客席通路を歩き、台詞にアドリブが混じったり、客席を軽くいじったりと、しばしファンサービスの場となる。女性で埋め尽くされた客席を見て、「きれいな花がたくさん咲いとるなあ」。十兵衛を仁左衛門、平作を中村勘三郎の実年齢逆転版では、「お客さん、もっとゆっくり歩いて」「お前はわしより若いやないか」というやりとりもあった。実は三等席からはこの様子が見えないのだが、今回初めて、一等席にいるかのように味わうことができた。役者が客席に降りてしまうと台詞が拾いにくいのか、声が散ってしまったのは残念であったが。幸四郎には上品なユーモアがあり、臨機応変の機知に富んだ芝居がうまい人である。それも直前で高下駄を履き、タップダンスと見紛うほどの超絶技巧の舞踊劇「高坏」をつとめたあとに、このたっぷりの芝居ができるとは…。

 前半がのどかであるだけに、中盤からの急展開と愁嘆場は、「なぜこうなってしまうのか」、「ほかにやりようななかったのか」とやりきれない悲しみが募る。仇討ちに巻き込まれた義理と、思いがけず再会した親子、きょうだいの情愛の狭間にあって、市井の人々は自分の命を投げうつしかないのか。

 「新薄雪物語」にしろ、この「沼津」にしろ、血のつながった家族より義理や忠義を重んじることや、自分の命を捨てて義理を立て、家族を守ることをどう捉えるのか。この精神性は現代の感覚では理解することはむずかしく、リアリズム演劇とは異なる歌舞伎の造形にも違和感があるだろう。こういったことを、「歌舞伎とはこういうものだから」ではなく、かといって理詰めではなく、理論と感覚の両輪をよいバランスで解き明かし、観劇の喜びが広がり、深まるような批評や解説が生まれないものだろうか。

 松竹チャンネルによる3月の歌舞伎公演の無料配信は昨夜で終了した。こういうかたちでのblog更新は予想していなかったものの、今後の観劇のために佳き機会であったことを確信している。災禍終息の出口は見えないが、この無料配信を実施した松竹の英断に感謝し、再会の日を信じて願いつつ、舞台の作り手と観客両方の心身が守られることを祈っている。

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