因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ネットで歌舞伎☆三月大歌舞伎 通し狂言「新薄雪物語」〈広間・合腹〉

2020-04-26 | 舞台番外編

*公式サイトはこちら 無料配信は昨夜で終了 〈花見〉〈詮議〉に続いて、謀反の嫌疑をかけられた左衛門と薄雪姫がそれぞれ相手方に引き取られて一カ月後のこと。園部兵衛の妻梅の方(中村魁春)は嫁とも娘とも思うと姫を労わり、兵衛(仁左衛門)は他国へ身を隠すことを勧める。姫は拒絶するが舅、姑とも思う二人の厳しい口調のなかの優しさにほだされ、邸をあとにする。そこへ左衛門が罪を認めたため、首を打ち落としたとの知らせが入る。狂乱する梅の方を諌めた兵衛は、息子の首を切ったという刀の血潮を凝視し、何かを悟り、落涙する。

 ここからは首桶を携えて園部邸を訪れる幸崎伊賀守(吉右衛門)と、同じく首桶を抱えて再登場する兵衛が、ある事情を以て交わすやりとりが見せ場となる。「陰腹」(かげばら)とは、歌舞伎や人形浄瑠璃で、腹を切るところを見せず、それを隠して登場し、苦痛を堪えながら心中を明かすことを指す。実際に行われたかどうかはさだかではないようで、芝居ならではの趣向(というには惨たらしいが)であろう。同じ段を観劇した2015年の記事はこちら

 既に腹を切っていることを観客にはわからせ、しかし相対する人物にはぎりぎりまで隠す。伊賀守の様子がおかしいのは花道に登場したときにすぐわかる。兵衛も同様である。しかし梅の方はなかなか気づかず、このもどかしさがあって、すべてが明かされたときの衝撃、悲しみがいっそう際立つのだろう。無駄な芝居はないのである。苦痛に悶絶しながら左衛門と薄雪姫の未来を守った安堵感に笑おうとする伊賀守と兵衛の表情、台詞ともに、ここにたどり着くまでの長い物語を見続けた甲斐があったと、観客に大いなる満足と感銘を与える。

 これほどの大顔合わせが再び実現するのはいつだろうか。役者諸氏のご健勝をひたすら祈るばかりだが、いつもの三等席では、オペラグラスを使っても細かいところまでは見えず、今回のネット視聴ではそれが叶った。さらに字幕や解説無しで観劇するには勉強が足らないこともよくよく身に染みて、これからに活かしたいと思う次第。

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