因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

東京乾電池『誰か、月光 恐怖・ハト男』

2012-05-29 | 舞台

*加藤一浩作 柄本明演出 公式サイトはこちら 本多劇場 6月3日まで
 劇団創立36年めを迎えた東京乾電池が今年最初に行うのは、劇団座付作家である加藤一浩の作品で、2007年にザ・スズナリで上演された『恐怖 ハト男』の再演である。
 加藤一浩の作品記事の履歴を追ってみると思ったより本数が多い(1,2,3,4,5,6)。しかもほとんどの舞台に対して「とらえどころがない」「確かな手ごたえが得られにくい」「『黙読』についていまだに書けずに残念」という中途半端で言い訳めいたことを書き連ねている。
 「今度こそは」と意気込んで臨むのだが、「今回もやはり」と困惑して帰路に着くのである。

 雑居ビルの5階エレベーターホールにソファやテーブルやいろいろな家財道具が放置してある。便利屋はそれらを1階に移動するよう依頼された。しかし1階が閉まっており荷物を動かせない。上手のドアの向こうには部屋が3つあり、そこで働く人々が出入りする。下手には階段に通じるドアがあり、そこからもいろいろな人が出入りする。
 なぜか男性ばかり14人は日によって配役が変わり、加藤一浩自身が出演する回もある。休憩なしの2時間、男たちが出たり入ったりする不思議なお芝居である。

 結論から言うと、途中で何度か意識が飛んだこともあり、今回もよくわからない舞台であった(苦笑)。かといって小ネタを楽しんだという印象ではなく、加藤一浩の劇世界は、舞台に表出していない何かが氷山のようにあって、それは不気味でもあり繊細でもある。
 何かを伝えたい、描きたい、訴えたいという強い意識は劇世界を構築する大きな要素であろう。しかし加藤の場合、それがあるのかないのか、いやあるのだろうが、それがたやすくこちらに伝わってこない。かといって「わかる人だけわかればいい」と上から見下ろすものでもない。大変腰の低い謙虚な筆致が感じられる。

 カンフェティ6月号に柄本明のインタヴューが掲載されている。本作の初演をみたとき、「なんだかよくわからないと思った。それが面白かった」とのこと。
 ホラー的要素がふんだんに盛り込まれているが、妙なところにリアリズム演劇的なところ、そうかと思えば不条理演劇の匂いがする。どの場面がどのようにという記憶もすでにあいまいなので具体的に書けないが、最後は登場人物がすべて舞台にあがり、そのなかにハト男も混じって「かっぽれ」を踊るというシュールなもので、本作は群衆悲喜劇でもあるのだ。

 「僕たちは不安の中で生きている。芸術に携わる者は不安を安心に変えてはいけない。加藤は、その不安に対して何を考えているのかわからないところが面白い」。
 柄本明は劇作家加藤一浩の最大の理解者であると同時に、冷静な批評家でもあるのだろう。客席からすれば何度みてもするりとこちらの手をすり抜けていってしまう不思議な存在だ。
 このインタヴューで語られた「子どもの学芸会のような芝居にしたい」という発言はほかでもあり、演劇、俳優、ひろく言って芸術というものに対して一家言お持ちなのだが、それらを咀嚼、理解するのはむずかしい。またご本人も筋道を立てて理解されることを避けておられるのか、こちらが前のめりで聞き入るとたいていはぐらかされてしまう。

 東京乾電池のカーテンコールで柄本座長が挨拶するとき、たいていは客足が伸びないことをぼやいて宣伝を呼びかけ、「お願いしますよ、助けると思って」と頭を下げる。今回は「お席にはまだまだ余裕があります」とアピールしながらも、「客席にお客さんが少ないということが、実はけっこう好きなんです」と照れくさそうに言っておられ、こういうところが柄本明の、ひいては東京乾電池の魅力のひとつなのだろう。こういうことばを聞くと、なぜか安心する。

 そして東京乾電池の上演レパートリーの主軸に別役実、岸田國士、チェーホフがあり、そのなかに加藤一浩の作品があるのは一種の演劇的僥倖ではなかろうか。
 東京乾電池6月の月末劇場は別役実の『受付』、7月末から8月はアトリエ公演において同じく別役の『招かれなかった客』の上演を予定しており、文学座でもなくPカンパニー(元の木山事務所)や名取事務所でもない別役実の劇世界が期待される。
・・・といってあまり意気込まないようにしましょう。客席で眠ってしまっても、柄本さんはたぶん怒らないだろう。

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