政治家は分かりません。総理大臣になるためには、「持論」としていたものをこれほど簡単に変えるのでしょうか。
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村山・河野談話、個人としても受け入れ 安倍首相答弁(朝日新聞) - goo ニュース
2006年10月6日(金)03:03
安倍首相は5日の衆院予算委員会で、アジア諸国への「植民地支配と侵略」を認め、謝罪した村山首相談話について「国として示した通りであると、私は考えている」と述べた。従軍慰安婦問題で軍当局の関与と「強制性」を認めた河野官房長官談話に関しても「私を含め政府として受け継いでいる」と答弁。首相はこれまで両談話について「政府の立場」を説明してきただけだったが、個人としても受け入れる考えを初めて示した。
「政府の立場」を前面に出すことで首相は、就任以前に語っていた「持論」との整合性を説明していなかった。だが、中韓両国への訪問を控えたこの日の答弁は、政治家個人の考えとしても両談話を受け入れていることを明確にした。
民主党の菅直人代表代行に答えた。村山談話について首相は、核心部分である「植民地支配と侵略」や「国策を誤った」などの記述への個人としての認識を問われ、「アジアの国々に対して大変な被害を与え、傷を与えたことは厳然たる事実」などと述べた。
河野談話については、首相は「いわゆる従軍慰安婦の募集などに国の関与などについての言及がある」としたうえで、受け継いでいるとの認識を明確にした。
さらに、97年5月の国会質問で「談話の前提がかなり崩れてきている」と発言したこととの整合性について「(軍当局が直接強要したという)狭義の強制性があったかどうかの確証について、いろいろな疑問点があるのではないかと申し上げた」と説明した。
また、首相の祖父・岸信介元首相が41年、当時の東条内閣の商工相として開戦詔書に署名したことの評価を問われ、「敗戦し、また結果としてアジアの人たちに多くのつめ跡を残した。その時に指導者の立場にあった人たちは、私の祖父も含めて大きな責任があった」と答えた。
さらに首相は「政治は結果責任であるから、当然その時の判断は間違っていた」と答弁。ただ、岸氏が戦後、首相に就任して日米関係の改善に取り組んだことにも触れ、「責任の取り方はいろいろあった。だからこそ、(祖父は)命をかけて安保条約の改定に取り組んだのだろう」と述べた。
一方、首相が97年に「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を立ち上げ、歴史教科書の記載内容を「自虐史観」と批判していた点については「義務教育段階の教科書のあり方についての議論。子供の発達段階において、どうかと申し上げてきた。別に間違ってはいなかった」と強調した。
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これほど主義主張を立場によって変える安倍総理。正直、国民として信頼してよいのかどうか迷います。政治家が自分の発言を撤回・修正するのは、国民への裏切りにつながることです。
こうした態度を喜んでいるのは、朝日だけでしょう。今日(10月6日)付けの社説に次のように書いています。
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安倍首相へ 歴史を語ることの意味
1940年6月。欧州に暗雲がたれこめていた。ナチス・ドイツが破竹の勢いで進撃し、フランスもあっけなく軍門に下った。イギリスの命運も風前のともしびかと思われた。
そのとき、首相チャーチルはこう述べた。「イギリスの戦いが今や始まろうとしている。もしイギリス帝国と連邦が千年続いたならば、人々が『これこそ彼らのもっとも輝かしい時であった』というように振る舞おう」
第2次世界大戦の最も厳しい時に、英国民を鼓舞した演説の一節である。後世の人々が私たちを見ているという言い回しには、人の心を揺さぶるものがある。
彼の覚悟の背後には、歴史を経ても通用する価値への強い信念がある。20世紀を代表する名演説のひとつだ。
ところが、そのチャーチル首相を尊敬するという安倍首相の、歴史をめぐる発言には疑問を持つことが多い。首相は保守とは何かを聞かれて、こう答えた。
「歴史を、その時代に生きた人々の視点で見つめ直そうという姿勢だ」。言いたいことは、侵略や植民地支配について、今の基準で批判するのではなく、当時の目線で見よということなのだろう。
この考えは、歴史について半分しか語っていない。過去の文書を読み、歴史上の人物の行動を理解するとき、時代の文脈を踏まえることは言うまでもない。だが、それは出発点にすぎない。
さらに一歩進んで、歴史を評価するとき、その時代の視線を尺度にしたらどうなるだろうか。歴史には様々な暗黒面がある。人間が人間を動物のように扱う奴隷制や人種差別、ホロコーストなどの大量虐殺。それぞれはその体制の下では問題にされなかった。
私たちは時代の制約から離れて、民主主義や人権という今の価値を踏まえるからこそ、歴史上の恐怖や抑圧の悲劇から教訓を学べるのである。ナチズムやスターリニズムの非人間性を語るのと同じ視線で、日本の植民地支配や侵略のおぞましい側面を見つめることもできるのだ。
安倍氏の言う歴史観は、歴史の持つ大切な後半部分が欠けている。
安倍氏の歴史観にはもうひとつ奇妙な点がある。肝心なことになると、歴史家に評価をゆだねてしまうことだ。
5日の衆院予算委員会では、村山談話などを個人として受け入れる考えを示し、従来の姿勢を改めつつあるものの、民主党の菅代表代行に満州事変の評価を問われると「政治家は謙虚であるのが当然であろう」と答えを避けた。
安倍氏は民主主義や平和を重んじてきた戦後日本の歩みは誇るべきだと語っている。ならばその対比としての戦前にきちんと向き合ってこそ説得力を持つ。
政治家が歴史の前に謙虚であるべきなのは、チャーチルに見られるように、現代の行動の評価を後世がするという緊張感からなのだ。単に歴史を語らないのは、謙虚ではなく、政治家として無責任、あるいは怠慢と言うしかない。
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押せば動くと侮られた安倍総理。こうしてどんどん譲歩せよと朝日が迫っています。譲歩すれば、評価すると迫っています。
日中・日韓首脳会談を控えて、これでよいのでしょうか。日本の国益を守るために守るべき信念をお持ちであることを願いたいものです。
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村山・河野談話、個人としても受け入れ 安倍首相答弁(朝日新聞) - goo ニュース
2006年10月6日(金)03:03
安倍首相は5日の衆院予算委員会で、アジア諸国への「植民地支配と侵略」を認め、謝罪した村山首相談話について「国として示した通りであると、私は考えている」と述べた。従軍慰安婦問題で軍当局の関与と「強制性」を認めた河野官房長官談話に関しても「私を含め政府として受け継いでいる」と答弁。首相はこれまで両談話について「政府の立場」を説明してきただけだったが、個人としても受け入れる考えを初めて示した。
「政府の立場」を前面に出すことで首相は、就任以前に語っていた「持論」との整合性を説明していなかった。だが、中韓両国への訪問を控えたこの日の答弁は、政治家個人の考えとしても両談話を受け入れていることを明確にした。
民主党の菅直人代表代行に答えた。村山談話について首相は、核心部分である「植民地支配と侵略」や「国策を誤った」などの記述への個人としての認識を問われ、「アジアの国々に対して大変な被害を与え、傷を与えたことは厳然たる事実」などと述べた。
河野談話については、首相は「いわゆる従軍慰安婦の募集などに国の関与などについての言及がある」としたうえで、受け継いでいるとの認識を明確にした。
さらに、97年5月の国会質問で「談話の前提がかなり崩れてきている」と発言したこととの整合性について「(軍当局が直接強要したという)狭義の強制性があったかどうかの確証について、いろいろな疑問点があるのではないかと申し上げた」と説明した。
また、首相の祖父・岸信介元首相が41年、当時の東条内閣の商工相として開戦詔書に署名したことの評価を問われ、「敗戦し、また結果としてアジアの人たちに多くのつめ跡を残した。その時に指導者の立場にあった人たちは、私の祖父も含めて大きな責任があった」と答えた。
さらに首相は「政治は結果責任であるから、当然その時の判断は間違っていた」と答弁。ただ、岸氏が戦後、首相に就任して日米関係の改善に取り組んだことにも触れ、「責任の取り方はいろいろあった。だからこそ、(祖父は)命をかけて安保条約の改定に取り組んだのだろう」と述べた。
一方、首相が97年に「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を立ち上げ、歴史教科書の記載内容を「自虐史観」と批判していた点については「義務教育段階の教科書のあり方についての議論。子供の発達段階において、どうかと申し上げてきた。別に間違ってはいなかった」と強調した。
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これほど主義主張を立場によって変える安倍総理。正直、国民として信頼してよいのかどうか迷います。政治家が自分の発言を撤回・修正するのは、国民への裏切りにつながることです。
こうした態度を喜んでいるのは、朝日だけでしょう。今日(10月6日)付けの社説に次のように書いています。
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安倍首相へ 歴史を語ることの意味
1940年6月。欧州に暗雲がたれこめていた。ナチス・ドイツが破竹の勢いで進撃し、フランスもあっけなく軍門に下った。イギリスの命運も風前のともしびかと思われた。
そのとき、首相チャーチルはこう述べた。「イギリスの戦いが今や始まろうとしている。もしイギリス帝国と連邦が千年続いたならば、人々が『これこそ彼らのもっとも輝かしい時であった』というように振る舞おう」
第2次世界大戦の最も厳しい時に、英国民を鼓舞した演説の一節である。後世の人々が私たちを見ているという言い回しには、人の心を揺さぶるものがある。
彼の覚悟の背後には、歴史を経ても通用する価値への強い信念がある。20世紀を代表する名演説のひとつだ。
ところが、そのチャーチル首相を尊敬するという安倍首相の、歴史をめぐる発言には疑問を持つことが多い。首相は保守とは何かを聞かれて、こう答えた。
「歴史を、その時代に生きた人々の視点で見つめ直そうという姿勢だ」。言いたいことは、侵略や植民地支配について、今の基準で批判するのではなく、当時の目線で見よということなのだろう。
この考えは、歴史について半分しか語っていない。過去の文書を読み、歴史上の人物の行動を理解するとき、時代の文脈を踏まえることは言うまでもない。だが、それは出発点にすぎない。
さらに一歩進んで、歴史を評価するとき、その時代の視線を尺度にしたらどうなるだろうか。歴史には様々な暗黒面がある。人間が人間を動物のように扱う奴隷制や人種差別、ホロコーストなどの大量虐殺。それぞれはその体制の下では問題にされなかった。
私たちは時代の制約から離れて、民主主義や人権という今の価値を踏まえるからこそ、歴史上の恐怖や抑圧の悲劇から教訓を学べるのである。ナチズムやスターリニズムの非人間性を語るのと同じ視線で、日本の植民地支配や侵略のおぞましい側面を見つめることもできるのだ。
安倍氏の言う歴史観は、歴史の持つ大切な後半部分が欠けている。
安倍氏の歴史観にはもうひとつ奇妙な点がある。肝心なことになると、歴史家に評価をゆだねてしまうことだ。
5日の衆院予算委員会では、村山談話などを個人として受け入れる考えを示し、従来の姿勢を改めつつあるものの、民主党の菅代表代行に満州事変の評価を問われると「政治家は謙虚であるのが当然であろう」と答えを避けた。
安倍氏は民主主義や平和を重んじてきた戦後日本の歩みは誇るべきだと語っている。ならばその対比としての戦前にきちんと向き合ってこそ説得力を持つ。
政治家が歴史の前に謙虚であるべきなのは、チャーチルに見られるように、現代の行動の評価を後世がするという緊張感からなのだ。単に歴史を語らないのは、謙虚ではなく、政治家として無責任、あるいは怠慢と言うしかない。
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押せば動くと侮られた安倍総理。こうしてどんどん譲歩せよと朝日が迫っています。譲歩すれば、評価すると迫っています。
日中・日韓首脳会談を控えて、これでよいのでしょうか。日本の国益を守るために守るべき信念をお持ちであることを願いたいものです。
撤回するには、誰も反論出来ない様な証拠が出ないと。
だから、あの様な発言をするしかないんです。
でも本当に怒らなければいけないのは、そんな質問をした野党でしょう、首相が韓国を訪問する事を知りながらこの話を蒸し返し、これから外国を訪問しようとする日本国の代表\の立場を最初から訪問先の国の代表\よりも下に置こうとする態度。これが本当に日本の国の為になる事か。
いつまで謝罪外交をさせる気なんだ。
5百年後でも野党は同じ事言ってるんだろうな。