腐った林檎の匂いのする異星人と一緒
1 対策室
もしもおし。
はい。
異星人対策室の方から参りましたんですが。
はい?
もしかして、異星人? ですよね。
え?
ですよね。
何なんですか。
臭いな。
失礼な。
匂うぞ。
どんな?
腐った林檎のような。
ああ。あれはそうじゃなくて……。な、何してるの。
貼ってます。
わかるよ。勝手に貼らないでくれる? ていうか、何貼ってんの。
その件に関しては対策室の方までお問い合わせください。
何、それ。
「人類をどうかするかもしれない異星人に対して策を弄する室」です。
覚えられない。
でしょ? 私も苦労したんですよ。でも、ぱんみゅうぱんみゅうのフル・ネームより簡単。
ぱみゅぱみゅ?
もう一度、言って。
ぱみゅぱみゅ。
練習しましたね。
まあね。
ぱみゅぱみゅって正しく言えないと、異星人と疑われそうだからでしょう。
言えてるじゃん。
人類なら、誰でも言えますよ、練習する時間と暇とゆとりさえあればね。
それだけ?
あと、多少の才能も必要かな。それと、勿論、お金。
異星人は貧乏なの?
その件に関しては対策室の方まで問い合わせください。
異星人って、もしかして、あの異星人?
どの?
あの、その、ほら、空をピューンって、あれ。
ああ、あれね。
違うの?
でしょうね、たぶん。
たぶん? ていうか、何が「でしょうね」なの。
いや、いや。私、非正規なもんで。
異星人ってあの異星人のことですかって聞いてるの。
あのじゃない別の異星人も来てるんですか。
来てるの?
ははあ。なるほど。君ら、人類をどうしたいの?
私も人類なんだけど。
自分を異星人だと言う異星人はいませんよね。
あなたこそ人類をどうしたいの。
ああ、その言い方、怪しいなあ。ちょっと上がらせてもらいますよ。
ちょ、ちょ、ちょっ。
えっ、えっ、えっ?
何なの。
その件に関しては対策室の方までお問い合わせください。
電話番号は?
その件に関しては対策室の方までお問い合わせください。
どうすりゃいいの。
ははあ。なるほど。
何がなるほどだよ。
やっぱ、別の異星人、隠してんだ。
同じ異星人なら、どうなるの?
その手の質問は手厳しいなあ。
手厳しい?
答え、教わってないんだもん。
あなたこそ異星人じゃないの。
待ってました。
答え、教わってんだ。
その件に関しては対策室の方までお問い合わせください。
また、それかよ。
私の個人的見解を申し上げましょうか。
どうぞ。
現代人は、社会の矛盾とか、さまざまな社会の矛盾とか、ある特別の矛盾とか、その他の原因、そして、しかも、真の原因とか、真実かどうか疑わしい結果とかを、あるいは、原因と結果を混同しがちな新聞紙とか政府とか傾いた道路標識とか鳥の死骸その他が、しかるに、しかるべき、叱られるべき異星人と関連があるように思ってしまう。そんな傾向性があるかな。
あるかもしれない。
でしょう? だからです。
へっ? 真の原因って?
真の原因をあぶりだすことはさておき、それができるとして、だから、何だってえの?
いや、あの、あなた、何者?
私は誰でしょう。
知らない。
あなたの知らないことを私が知らなくても、決して恥ではない。
そういう話じゃないの。
じゃあ、私の方から聞きましょう。異星人はある矛盾の真の原因ですか。
いや、あの、その……
原因でなければ結果ですか。
さあ。
誤魔化すな、異星人め!
あなたこそ異星人でしょう。
ふふふ。語るに落ちたな。誰が異星人なのか、自分は見極めることができると思っているのが異星人なのだ。
何でそうなるの?
忙しいので、自分の発言を思い返してみてください。
そうしましょう。……アッ!
ね?
わかりました。
異星人ですね。
いや、私は人類の一員です。
期待外れだなあ。
とにかく、もう、お引取ください。
あのね、人類、人類って、あなた、さも偉そうにおっしゃいますけどね、異星人だって人間なんだよ。血も涙もあるんだ。友達がいないだけだよ。お金もないけど。
異星人の血って、何色? 青? 黄色? まさか……
ふふふ。
ビャビボピャビイバ?
ブブブ。
バビラボン。
ソノテニノルモノカ。
ああ、もう、どうしたら帰ってくれるの?
あなたが自分は異星人ではないと証明できたら、帰ります。
どうやって証明するの?
その件に関しては……
ああ、うるさい。
では、逮捕します。
いきなり過ぎる。
いきなりじゃありません。徹底的に議論しましたよ。胸襟をぴらぴらさせ、あたかも十年間のチキチキバンバンのように。
あんた、おかしい、絶対。
日本語を知り過ぎている人ほど疑わしいんです。
そんな……
誰に習いました、日本語?
いや、別に誰と……
異星人はよく言うんですよ、言葉は自然に習得したとね。異星人向け日本語学校の所在地を白状しなさい。
そんなの、ないよ。
どうして、ないって知ってる?
とにかく、私は人間なんだよ。人間の日本人であって、中国人でも、ベトナム人でも、異星人でもない。勿論、オーストラリア人でもない!
おや? なぜ、オーストラリアと?
オーストラリアに宇宙船の基地があるとでも?
他には、どこに?
アフリカ?
ほほう。アフリカに基地がね。
いや、そうじゃなくて。
おやおや、アフリカに基地がないことも御存知で?
知りませんよ、基地のことなんか、何も。
では、何を御存知ですか。
基地以外のことで?
そう。
たとえば、繁殖地とか?
えっ、すごい! 繁殖地を御存知ですか。ぜひ、伺いたい。
いや、知りませんって、何も。通信手段も知らない。
どんどん、出てきますね。今度は通信手段か。
言ってみただけだよ。
一応、対策室までご同行願いませんか。
いやだ。
なぜ。
今日は忙しいんだよ。約束があって、実はもう遅刻しかけてる。五月雨館でジャンヌと会うんだ。先週修理に出した自転車を取りにも行くし、それから……
おばあ様の入っておられる病院に、一緒に行かれるんですよね、オーストラリア人のジャンヌお嬢様と、自転車に二人乗りして。
何で知ってるの?
その件に……
やめろ! 聞きたくない。
では、何が聞きたいんです?
おまえの声以外なら、何でもいいや。
声、変えてみましょうか。
とにかく、私は地球人だ。この星の人間だ。
ついに白状しましたね。
えっ?
この星は、地球ではありませんよ。
そ、そんな…… ほんとに? 知らなかった。
それです、それ。それが聞きたかったんです。
何、何、何?
この星は、あなたが思っているような地球ではありません。
何だ、そういうことか。
「そういうこと」とは?
いや、撤回します。
聞かなかったことにしましょう。
ありがとう……ございます。
「ございます」要るかな?
要らないです。
「要りません」じゃないかな?
要りませんです。
「です」は……
要らない、要らない。
よろしい。では、本日閉店。さらば。
やっと帰ってくれるのね。
また来ましょう。
来ないで……ください。
「ください」は要るかな。
(終)