ヒルネボウ

笑ってもいいかなあ? 笑うしかないとも。
本ブログは、一部の人にとって、愉快な表現が含まれています。

腐った林檎の匂いのする異星人と一緒  15 惑い

2021-04-26 11:13:36 | 小説
   腐った林檎の匂いのする異星人と一緒
         15 惑い
昨日や今日に始まったことではない。さっき、数時間前にも起きたようだ。
代理人が膝を揃えて、「できますれば」で、片膝をわずかに進め、硬い語句を並べてから、「当方といたしましては」で、一旦切った。
「ううむ」と、依頼人は、容認とも忌避とも取れる唸りを漏らす。
彼らは忘れたがっている。だが、忘れたくても忘れられない。ここは、ここではない。今は、今ではない。自分たちはヒトではない。だからと言って、サルやアシカでもない。ましてや、異星人でもない。
依頼人が次々に問いかける。ここは、どこだ。今は、いつだ。君は誰だ。私は何者だ。代理人は、うまくあしらえない。何が起きたのだ。いつ? 何が起きるべきだったのか。いつ? 何が起きるのか? いつ、どこで、なぜ? 
私が本当のことを教えてやろう、美しい声で、歌うように。だが、彼らは聴こえないふりをする。
彼らは私を消したがっている。私が本当のことを告げるからだ。そうでなければ、私であれ、誰であれ、消したがるわけがない。
「あの声だ。聞こえよう。聞こえるな。何とかならぬか。あの響き。それに匂い。そうだ。あの匂いときたら。なあ」
「むべなるかな」
彼らには何もできない。おとなしく佇んでいることも、項垂れて腰を折ることも、膝を抱えて坐ることも、諦めて横たわること、死ぬことさえできない。黙っていることはできないが、したい話はできない。おほん。えへん。ふむふむ。
彼らは宙に浮いている。そして、無暗に手と足と、そして口を動かす。ばくばく。生きているふりをする。生きているくせに。ふがふが。
ここは、どこでもない。今は、いつでもない。彼らは、彼らではない。
無限のシーソー。見つめ合うだけ。わかりあえない。
私は本当のことを語り続ける。だから、消される。
「何卒。何卒」
「さもありなん」
消された。
静寂。一瞬の、あるいは数世紀の。そして。
「できますれば」
「ううむ」
またもや、私が吹き出す。
{終}



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする