ヒルネボウ

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Book Revue  ジョージ・ポットマン『ジョージ・ポットマンの平成史』(大和書房)

2023-04-30 23:58:36 | 評論

   Book Revue

     ジョージ・ポットマン『ジョージ・ポットマンの平成史』(大和書房)

ジャニー喜多川の乱行は、なぜ、隠蔽されていたのか。不倫と同様、ゲイは日本の秘すべき文化だからだ。

三木のり平が「おかまは芸の肥やし」みたいな持論を述べていた。

日本文化の本流は男色だ。武士道は男色だ。ところが、西洋かぶれの日本の知識人はこの事実を隠蔽しようとあがき、結果、日本人は混乱してしまった。

二十一世紀の日本人は『仮面の告白』(三島由紀夫)を読んでいないのか。読んでも作り話と思うのかもしれない。だが、作り話でも話として通じるのなら、立派な文化だ。

 

(こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗っていながら、まるであんな女の子とばかり談しているんだもの。僕はほんとうにつらい)

(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)

 

本屋には、エロ本とは別にBLのコーナーが堂々と設けられている。BL物はレズの隠れ蓑でもある。男色は憧憬の対象だが、レズは容認されていない。男色文化の属性は女性蔑視だ。女性蔑視は寺院の〈女人禁制〉と関係がある。ただし、これは逆に〈山の神〉とも関係がありそうだ。山の神は女神だろう。天照大神は皇室の祖神だ。日本人の常識。西洋かぶれの知識人は日本人の常識を隠蔽したまま、西洋流の〈愛は自由だ〉といった空疎な前提で話を進める。

とにかく、日本文化は複雑なのだ。この複雑な文化を解きほぐさないまま、LGBT差別に反対しても、反対に反対しても、混乱するだけだ。いわゆる分断すら起きない。

放送大学で近世文学研究者が「同性愛は生産性がないから純愛だ」みたいなことを自慢げに語っていた。逆差別ではない。本来の差別だ。

TOKIOのメンバーが女色に耽ったのは、男色文化から離脱しようと焦って苦しんでいたせいかもしれない。そんなふうに想像できる男が『ヰタ・セクスアリス』(森鴎外)に出てくる。

LGBT差別を支持している人の中には、肉体派の同性愛を嫌う清純派の同性愛者が隠れているはずだ。自分が同性愛者であることに気づいていないから、あるいは、気づきたくないから、差別されたくないから、必死になって差別する側に立つのだろう。彼らも実は犠牲者なのだ。

GOTO 『夏目漱石を読むという虚栄』〔5300 BLぽいのが好き〕夏目漱石を読むという虚栄 5310 - ヒルネボウ (goo.ne.jp)(5310)

 


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