つくづく日本の四季は不思議ですね。(^-^)
あれだけ暑かった日々が、今朝は嘘のように涼しい、、、惰性でポロシャツ着て来たことを後悔するほどに。m(__)m
前回お話しした「二十四節気」、、、15日単位の気候を織り込んでいますが、さらに細分化された「七十二候」なる区分もあります。(^-^)
七十二候とは、古代中国で考案された季節を表す方式のひとつ。二十四節気をさらに約5日ずつの3つに分けた期間のこと。 各七十二候の名称は、気象の動きや動植物の変化を知らせる短文になっている。、、、そうです。(^_^)
この「七十二候」によると、今日は、「天地始粛」で、「てんちはじめてさむし」と読みます。
8月も終わりをむかえ、ようやく暑さが弱まりはじめるころ。「粛」は弱まるという意味をあらわします。天気図には、秋雨前線が登場し、冷たい雨風とともに秋のはじまりを運んできます。、、、とのこと。( ; _ ; )/~~~
いやぁ、まことに上手く出来てますなぁ!
我が国の気候を言い当てており、先人の知恵に敬服いたします。m(__)m
さて、「笈の小文」より、今日の一句。
「月はあれど留守のやう也須磨の夏」 芭蕉
「月が留守のよう」という喩えが、なんとも可愛らしく、失礼ながら、新聞に載る「子ども俳句」のような、、、!(◎_◎;)
須磨での一句、、、それにしても、芭蕉翁の旅路は、もの凄い移動距離です。(^。^)
(句意)
美しい月が出てはいるものの、主人のいない留守に訪ねてきたようなむなしさ、それが須磨の夏の風韻である、という意。
そうだったのか、早とチリの旗!🇨🇱
月は留守ではなく、夜空に出てるんですね、しかも美しく、、、それでも留守のような風景だとは、須磨の浜はそんなに寂しいんですかね?( ; _ ; )/~~~
調べますと、なんのなんの!
須磨離宮公園では、中秋の名月に『離宮月見の宴』が開催されていました!(^_^)
須磨は、平安時代、須磨の地に蟄居していた在原行平が月見をした場所として知られており、1000年以上の歴史を持つ“月見の名所”で平安の昔に思いをはせながら、中秋の名月を観賞することができる。、、、そうです。(^-^)
芭蕉翁は、夏に訪れたがゆえ、中秋の名月には未だ早く、それを「留守のやう也」と残念がったのでしょうか?!(◎_◎;)
では、馬関より、返句献上申し上げます。
「肌寒き夜風に夏の背中見ゆ」 祖谷馬関