イソップ物語のような話の面白さと、そのキャラクターのユニークさで人気の「アキレスと亀」。俊足のアキレスがノロノロと進む亀にどうしても追いつけないというお話です。
アキレスと亀
昔、ギリシャにアキレスと亀がいて、ある日2人は徒競走をすることになりました。先にゴールに到着した方が勝ちです。しかしアキレスの方が足が速く勝敗は明らかなのでハンディキャップとして亀にいくらか進んだ地点(地点Aとする)からスタートしてもらいました。スタート後、アキレスが地点Aに到達した時には、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいます(地点B)。アキレスが今度は地点Bに達したときには、亀はまたその時間分だけ先へ進んでいます(地点C)。同様にアキレスが地点Cに達した時には、亀はさらにその先にいます。この繰り返しで、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけなくなりました・・・。
この話、アキレスのほうが速いので、普通に考えればアキレスが亀に追い付き、追い越せないはずはないのですが、なぜか本当に追いつくことができないかのように思わされてしまいます。この話の中のどこかにトリックが隠されているのでしょうか。
当たらない矢
ある日、アキレスとゼノンの2人が射撃場で賭けをすることになりました。亀の背中の上に置かれたリンゴに矢が当たればアキレスの勝ち、はずれたらゼノンの勝ちです。制限時間は亀が競技場を横切る間だけと決められました。
勝負が始まり、アキレスは弓を手にして、いつものように的のリンゴに狙いを定め、矢を放った。ところが、矢が到達するまでに的のリンゴが動き、射損じてしまった。アキレスはもう一度やってみた。より強く弓を引き、より速く矢を放った。でも無駄だった。的が右に動いたため、アキレスの矢は当たらず、わずかに左に落ちた。何度繰り返してもどうしても的に当たらない。
この様子を見ていた猟師が見かねて言った。「ここから的を狙っても当たらないぞ。的のわずか右を狙うんだ」。
アキレスが猟師のアドバイスに従って矢を放ったところ、矢はリンゴの中心を貫いた。
*「アキレスと亀」のパラドックスに答えるアンサーストーリーを作ってみました。アイデアはアラン・R・ホワイトにより1963年に提起されたもので、創元社「おもしろパラドックス」ゲイリー・ヘイデン&マイケル・ピカード(著)で紹介されています。
馬の鼻先に人参
原理はこれと同じようなことです。最初の設定で亀がアキレスより前の位置に居るようにすれば準備完了です。このあとはアキレスがどんなに速くても亀に追いつけないのです。
トリック
ゼノンのトリックのポイントは「スタート後、アキレスが地点Aに到達した時には、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいる。」にあります。
上の文章の「アキレスが地点Aに到達した時点に」という言葉でアキレスの動きを止めているのです。なぜなら地点Aとアキレスの位置が正確に指定できるということはアキレスが動いていないことになるからです。そこですかさず「そこに達するまでの時間分だけ先に進んでいる」という言葉で、亀だけが動くように設定されています。あるいはそのように考えさせるように誘導しています。止まっているアキレスよりもほんのわずかでも動いている亀のほうが先に進んでいるのは自明のことです。あとはこの繰返しでアキレスは亀に無限に近づくことはできるけれど追い抜くのは不可能なのです。
ただし、現実には「地点Aに達した時」という動いている状態での瞬間の位置は確定できませんからアキレスはそのまま亀を追い抜くだけです。
時計の短針を亀、長針をアキレスに置き換えてみるとよくわかりますが、ゼノンの言っていることは次のようになります
「時計の長針が3に達した時点で短針は長針がそこに達するまでの時間分先に進んでいる(以下これのくり返し)、だから長針は短針を追い越すことができないのだ」と。
この文章を読んでいるさい、自分で長針の動きを止め、短針だけ動かして考えていることが確認できると思います。位置を決めるさい、動いていては位置が定まらないので無意識のうちに動かないようにしているのです。自分が止めているのにそれに気づかない、というのが盲点のようになっているのです。
下図で考えるのが正解。時計の長針と短針の動きと同じように両者の動きはそれぞれ個別であるのがわかります。
長針が短針に邪魔されることなく立体的に追い越してしまうように、アキレスは亀の動きにかかわらずに追い越して行きます。
同じ直線上で考えるとまるで亀がアキレスの進路をふさいでいるようなので、かん違いしやすいおそれがあります。個別の動きを互いに連動したものと思い込むからです。微分や無限級数を解答としているのは、下図で考えているからです。上の図でいえば、色のついた部分の話をしているだけで、無限に近づくことはできても追い越すことは不可能なのです。