「トランプに2期目はない」中朝蜜月で変わる非核化ゲームの行方
2018/08/06 IRONNA 重村智計(東京通信大教授)
トランプ米大統領は8月1日、中国製品への経済制裁「第3弾」の発動を指示した。北朝鮮はこの「米中貿易戦争」
泥沼化を歓迎している。米中首脳による「戦争ゲーム」が北朝鮮への制裁を減圧し、米中朝の「非核化ゲーム」を
大きく変質させたのである。
金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、朝鮮戦争休戦65周年(7月27日)を記念し、
中国人民志願軍烈士陵園に参拝した。金委員長の訪問は2013年以来5年ぶりだ。中朝関係が好転すると、
北朝鮮の指導者は地方にあるこの墓苑を訪問し、平壌の記念碑も整備する。反対に、関係が悪化すると放置した。
実にわかりやすい。
北朝鮮は「中ソ・イデオロギー戦争」時代に、中国と旧ソ連の間を行き来して支援を得る「振り子外交」を
得意とした。この戦略を「米中貿易戦争」でも展開しようとしている。
米朝関係は、3月末の中朝首脳会談までは、トランプ大統領が主導権を握り、「北朝鮮の『完全な非核化』」への
期待が高まった。ところが、中朝首脳会談後に北朝鮮の姿勢が急変した。トランプ大統領は「中朝首脳会談後に
北の姿勢が変化した」と批判し、一度は米朝首脳会談の中止に踏み切った。
最近の中国は、北朝鮮の石油密輸の「瀬取り」への制裁に反対するなど、それまでの米中協力の姿勢を変えた。
米朝関係と米中関係が明らかに変わったのである。トランプ大統領は、中国が「米中貿易戦争ゲーム」で北朝鮮を
利用している証拠を握ったという。そこで中国は、貿易戦争を緩和すれば、北朝鮮への追加制裁にも協力するとの
駆け引きを見せたのである。
中国は「瀬取り」を明らかに放置している。その背後に何があったのか。米国務省の高官は、3回にわたる
中朝首脳会談で、習近平主席は「トランプへの非協力」に姿勢を変えたという。その証拠に、米国は中朝首脳会談の
内容を入手しているというのである。
それによると、習主席は「金正恩体制の維持は保障する。そのため、10年間に1千億ドル(約11兆円)の支援を
実施する」と約束した。韓国政府によると、北朝鮮の国内総生産(GDP)は約3兆円であり、中国は毎年その
3分の1の支援をすることになる。
裏にあるのは、日米が制裁を強化しても心配するなとの中国の「保証」だ。つまり、「瀬取り」密輸こそが支援の
始まりだったのである。さらに、中朝国境の人の往来や北朝鮮労働者の移動も黙認された。
また、中朝首脳がすでに合意した「朝鮮半島の非核化」について、「確実に実現してほしい」と伝えた上で、
「10年の時間をかけてもいい」と述べた。要するに、習主席が退任するまでに非核化すればいいという意向だろうか。
習主席は「北朝鮮が数年で非核化できない事情はわかる」と語り、「数年内の非核化には、北朝鮮軍が納得せず、
クーデターの危険がある」との理解を示した。また「中国は決してクーデターを支持しない」とも伝えていた。
米メディアは7月末に、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の製造を継続しているとし、
「北朝鮮に非核化の動きはない」と報じた。これは「非核化」に反発する北朝鮮軍部の「不満」を抑えるための
「製造継続」の妥協策だろう。
習近平発言は、金委員長と朝鮮人民軍の関係について、「完全非核化」をめぐり緊張関係にある事実は知っている、
との脅しだ。知った上で、金委員長を支持するとの立場を表明したのである。
また、中朝の首脳は「トランプ大統領の2期目はない」との見通しで一致し、「あと2年半時間稼ぎすればいい」
との判断を確認したという。金委員長は中国の巨額支援と体制保障で安心したのか、対米姿勢を変えたわけである。
6月12日、トランプ大統領は金委員長との首脳会談後の記者会見で、ポンペオ国務長官が直ちに平壌に向かい、
非核化の具体的な交渉を始めると明らかにした。
ところが、国務長官の訪朝までおよそ1カ月の時間がかかった上、金委員長と会見できなかった。
さらに悲惨だったのは、北朝鮮外務省の報道官は国務長官訪朝直後に談話を発表し「ポンペオ長官の態度は強盗的だった」
と非難した。なんとも失礼な対応である。
北朝鮮の姿勢変化を受け、トランプ大統領は「非核化交渉に期限は設けない」と述べ、ポンペオ長官も
「交渉には時間がかかる」と議会で証言した。これは、習主席の「非核化を急がなくていい」との発言を、
米首脳が入手していた事実を示唆するものである。
そして習主席は、金委員長が9月の国連総会に出席し、世界に向けて演説すれば「制裁解除」の空気が生まれると
アドバイスした。その際に第2回米朝首脳会談を行うように勧め、米朝関係改善も支持したという。
理由として「北朝鮮は、中国の属国にはなりたくないだろう。そのために、米国との関係改善を必要とするのは
理解できる」と述べ、金委員長を感激させた。
中朝蜜月化と「非核化交渉」の停滞は、日朝関係と拉致問題解決にも影響を与えそうだ。
北朝鮮が日朝関係改善を必要とするのは、1兆円とみられる経済協力資金が狙いだ。ところが、中国が毎年1兆円以上の
支援をすると、日本の資金への期待が失われてしまう。
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は最近「拉致問題は解決した」との論評を掲載した。拉致問題の解決よりも
日朝国交正常化を優先させようとの戦略だ。これに呼応するように、日本でも超党派の「日朝国交正常化推進議員連盟」
が活動を活発化している。北朝鮮からの工作に呼応している、とみられても仕方がないだろう。
北朝鮮が中国から多額の資金を導入すれば、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」のようにいずれ膨大な
借金となり、中国に従属せざるをえなくなる。それを避けるためにも、日朝国交正常化が必要だからこそ、
「拉致問題は解決した」と主張しているのである。北朝鮮の手口に決して騙されてはいけない。
「拉致より国交正常化」と主張する政治家や日本人は北朝鮮の手先で、「売国奴的」と非難されても当然なのである。