津軽ジョンがる電源日記

『KOJO TECHNOLOGY』 電源メーカースタッフ日記

フロントパネル2

2008-12-30 10:05:46 | インポート

こんにちは、ジョンがる隊長です。(>_<)

今朝ほど、やっと年賀状を出しました。連日遅くまで起きていたので、顔がむくんでいます。(~ε~)

下は昨日紹介した「今木地製作所」さんで作っていただいているFairyのフロントパネル治具です。Aray同様MDF製です。写真は一度に2枚ずつ製作出来るようになっていて、小さな穴が見えますが、これは加工するフロントパネルをバキュームで吸引して固定するためのものです。

Dsc02465塗装後も丹念に磨きをかけるんですが、それでも使えないものが出てしまうそうです。

面倒なものお願いしてすみません。 でも、今度お願いするやつはもっと難しいのお願いしそう。

前もってごめんなさい。

今日は12/30(火)、明日で短かった今年も終わりですね! これから家族サービスです。


フロントパネル

2008-12-29 00:24:06 | インポート

こんばんは、ジョンがる隊長です。

年末も差し迫っているというのに、今日から年賀作成開始。(>_<)

まだやっています。

さて、下の写真はArayのフロントパネルを造るための治具。Dsc02463 うちの協力会社さんの「今木地製Dsc02466 作所」さんで造られています。

知っている方も多いかも知れませんが、Arayのフロントパネルは、なんとSPのキャビネットとかでも使われるMDFを採用しているんだよ!(>_<)

恐らくこんなことをしているメーカさんは殆ど!?いや、たぶんないんじゃないかなぁ~。

何度も試作を繰り返して、ようやDsc02469く今のものにしたんだ!全艶の塗装は流石に難しいそうです。Dsc02467

でも、その分うまくいくと嬉しいよね。

変わって左の写真は工場内の様子!すごいヒロインですよ。(>_<)

すんごい大きな歯だね!これでどんなものが加工されるんだろう?

他にもいろんな設備がありました。 


世界中の電源をきれいに

2008-12-27 05:31:18 | インポート

おはようございます。ジョンがる隊長です。

今年を表す感じは「変」(漢字能力検定協会発表)でしたね。いろんな意味でわれわれも変わらなければならない時期を迎えているようです。

さて、先日販売(12/9)されたオーディオベーシック誌(共同通信社)でも少し触れているのですが、今度「First cry」が新たなブランド名にて生まれ変わります。

『世界中の電源をきれいに』するために、新ブランド名:「KOJO」がいよいよ発進します。かっこいいロゴマークまで・・・

ここ数日の親分のブログにもあるように、「光城」という名前には非常に興味深い歴史もあり、みんなの思いが込められているゾ!必読、必見だ(>_<)

今日で仕事納めの方も多いかと思います。一年お疲れ様でした。一年かけて溜め込んだ疲労をここ数日のお休みでしっかりとりきってくださいね。(大概は酒飲みすぎてますます体を壊すパターン)

今日も一日ケッパルぞ!

※ケッパル:津軽弁で「頑張る」の意


光城の由来

2008-12-24 22:53:53 | インポート

先代の社長(親分の父)が命名しました。 

昔、祖父(親分のおじいちゃん)がリンゴ農家を営んでいました。リンゴを出荷する木箱につける印(屋号?)が光城だったのだ。(現在もその版下が残っている。)その屋号?を気に入っていた父が社名に採用したというわけです。

昔、光城精工の本社近くには大光寺城という、お城が存在していて祖父はそのお城の名前からをいただいて光城という屋号?を作ったようなのだ。

大光寺城の歴史

大光寺城は中世曾我氏の居城で、11世紀初期~17世紀初頭の長期間にわたって城郭として存続した。戦国時代、大光寺城には南部氏家臣で猛将として名高かった滝本播磨重行が入った。天正3年(1575)、大光寺城は大浦為信に攻められて落城、以降江戸時代初期まで津軽氏の拠点の一つとして利用された。慶長15年(1610)、大光寺城は破壊され、建材等は全国的に桜で有名な弘前城築城に利用された。現在弘前城に残る亀甲門はかつての大光寺城の城門だったと伝えられる。城址一帯は公民館や住宅地となっており、堀跡は埋められて一部道路となっている。わずかに公民館のある広場の東側に郭の名残と思われる段差が残っている。

ではまた。