もんろーの部屋

音楽について自分について哲学しちゃうページ・・・美味しいものもちょっと

もうひとつだけ倉敷の話

2004-09-12 | 音楽療法
倉敷からの帰路、大学から空港までタクシーに乗ったんだけどそのタクシーの運転手さんの話をしましょ・・・。

この運ちゃん、詰襟の頃家出をし、池袋で、流しをしていたのだという。渥美二郎や、藤圭子なんかを知っている、って話。ギターを抱えて、酒場を回り、1日350円くらい稼いだそうな(価値がよくわからないけど)。夢があったから、そんな生活も楽しかったという。
25才で、流しをやめたんだって。
運ちゃん:「それから、何やったと思う?ちょっと当ててみてよ!」←クイズかよ!
もんろー:「う~ん・・・もしかして、板前さん?」運ちゃんは刈り上げ頭だったし。
運ちゃん:「ヤ○ザになりたくてね、ヤ○ザになったんよ!」

       え~~~!!

小指はあるな、小指は・・・。
倉敷から岡山空港までは40分くらいで、周りが田んぼで、うねうねとした道で、勿論交通量なんて多くない。せいぜい200メートル先くらいに、1台の車が見えるか見えないか・・・。そこに、この運ちゃんと、アタシ・・・・。お友達は中庄の駅で降りちゃったし・・・。
怖いよぉぉ~~!おかあさぁぁ~~~ん!?

高倉健とか、菅原文太とか、そういう世界に憧れたらしい。弱きを助けってやつ・・・。関東最大の組織で、下働きから一生懸命やって、若い衆を5~6人は従えるようになったって。酒場へ繰り出せば人気者で、何でもタダで飲み食い出来た。水商売のママたちには可愛がられた。
もんろー:「そういうの、やめるのって大変なんでしょ?」
運ちゃん:「そっ、大変やね・・・。」
それ以上は聞かなかったし、言わなかった。
指は、不実なことをした人がさせられるらしい。普通の出刃で、ガンっと・・・。鮮血がブワッとちり、その後は、小指が野球ボールくらい腫れるんだそうな・・・。
運ちゃん:「ひとつだけ良かったと思うことはね、墨を入れなかったことなんよ。墨、入れたかったんやけど、お金がなかったんよ。墨入れとったら、子供と温泉にも行けんかった。」
運ちゃんの話は続く。
運ちゃん:「やめた後はね、女で食っていこうと思ったんよ。」
もんろー:「・・・」
彼は4人ほどの女性の間を渡り歩いていた。そのうち、1人だけがカタギの女性(OLさん)で、その彼女がやがて妊娠する。子供を堕ろすように言い、その後、彼女のアパートに行くと、シクシクと泣いていたという。その姿を見て、この娘と結婚しようと思ったらしい。家庭を持つことに強い憧れを持っていたというの。
「一緒になる気はあるのか?」と聞いたら、彼女がうなずいたんだって。
運ちゃん:「男がな、女に手あげたりしたら、絶対だめなんよ・・・。でもな、若い頃は手もあげたわな・・・。今はせんよ!大事にしとるわ・・・。そんなことしておれんわぁ。だって、孫おるんよ。」
そう言うと、運転しながらズボンのポケットから携帯を出し、後部座席の私に手渡した。見れば、待ち受け画面に、子供の写真。その周りには、ピンクのハートのシールがぺたぺた張ってあったわけ。
運ちゃん:「お客さん、まだ、1人?」
もんろー:「ええ・・・」
運ちゃん:「お客さん、優しいしサア、絶対良い人と会うわぁ。絶対会うよぉ~。」
やたら、励まされる・・・微妙・・・。
運ちゃん:「旅の終わりに、こんな話聞かせて、悪かったねえ。また、倉敷来ることがあったら、迎えにきてあげるよ。安くしてあげるから。」と、名刺を渡された。

この話、叙々苑のビビンバランチを食べながら、仲間に話したの。テノールの秋谷さんなんて、プチ感動していた(笑)。ちょっとロマン、感じたのかしら。
最後まで面白い、倉敷でした。    完

ツキ

2004-09-08 | 音楽療法
成功者になる為の秘訣は、「ツキと運」なんだって。
「ツキ」とは出会いだって。
「運」とはツキの持続だって。ふ~ん・・・。
私なんて、ツキまくってたわよ倉敷では・・・。
いろんな方に、お声をかけていただいた。

先月、ヴィヴィアンのワークショップで、お世話になった香苗さんのお母様にお声をかけていただく。香苗さんと同じお顔をしている
札幌大谷短大の中山先生という方にお声をかけていただく。札幌大谷は、私の師、池上恵三先生の学校で、私にも縁が深い学校。池上先生の弟子だと申し上げたら、驚いていらした。道内ではアノ頃、教えていただきたいと思える先生は、池上先生くらいしかいらっしゃらなかったから、室蘭から札幌まで通っていた。また、中山先生は室蘭のホスピスでセッションをなさっているという。それにも驚いた。
室蘭からいらしたという2人の方にも、お声をかけていただく。「実家は、東室蘭駅の近くで・・・。小さい頃はライオンズクラブの少年少女合唱団で歌っていて・・・。」と、極めてローカルな話題で盛り上がる。
つながるつながる・・・怖いぐらいなのよん。
そのうち、むこうから歩いてくる人が、みんな知り合いってことにもなりかねない・・・。悪いこと出来ないわぁ・・・。たまにしたいけど・・・。

出来ること

2004-09-07 | 音楽療法
音大を卒業して、たしか、1年目のこと。
同じ声楽を卒業した仲間が、東京都の教員採用試験に合格し、教員になっていた。面接で、離島でも養護でも・・・と発言したそうで彼女は養護学校の教師になる。私は、彼女の勤務する学校に見学を申し入れ、見学に行く。23区の下町にある学校だった。
学校は将来的に、老人にも対応できるような作りになっていて、廊下は異常に広く、緩やかなスロープがあり、明るい鉄筋コンクリートの建物だった。教室も、寂しいほど広々としていて、生徒は少ない風だった。あまり声がしていなくて・・・。私の入って行った教室には、3、4人の障害児がフロアに転がっていた。何をするでもない。私の友人も勿論音楽の先生だし、音楽を、ということになったんだけれど・・・。歌って、といわれて、その教室にあった音楽の教科書をフロアに広げ、そこにしゃがみこんで歌う。1ページ、1ページ教科書をめくりながら・・・。教室はガランとしていて、残響が長いから、廊下にまで私の声は響いていったようだった。ふっと頭をあげると、私の周りに放射状に移動ベッドが4台ほど並んでいた。子供はそれぞれ、手足を縛られていて、ヘッドギアみたいなものをつけられていた。声をあげるでもなく、縛り付けられていた。
彼らには、ほとんんど1対1のように教師がついていて、声のする方向に、ガラガラとベッドを押してきたらしかった。縛り付けられた子供は、喜んでいるのだと言う。私にはわからなかったけれど、喜んでいるのだと言う。よだれの出し方が違うのか?わからないんだけど・・・。
「もっと、歌って」と言われ、教科書をかえて、また歌う。しばらく歌う。いろんな曲を歌う。
気付くと、大きな窓から夕焼けが見えた。随分長い時間が、あっという間に過ぎたんだ。
そろそろ帰らなくちゃ、と言うことで、私は教科書を閉じた。
子供が、ゲボゲボ言い出す。次々と、ゲボゲボ言い出す。歌が終わってしまい、気分が悪くなっているんだろうと言われる。ゲボゲボ、ゲボゲボ・・・。
でも、永遠に歌い続けるわけにはいかない。ゲボゲボ・・・。
夕陽だけが美しい。ゲボゲボ・・・。
さあ、気にせず、帰って下さい、と言われる。ゲボゲボ・・・。
教師たちは、子供たちの対応に忙しくなる。ゲボゲボ・・・。
さあ、早く、お帰り下さい。ゲボゲボ・・・。
私は、誰に見送られるでもなく、足早に広々した玄関へ急ぎ、靴を履く。外へ出ると空はオレンジ色で、私は学校を振り向くことなく、駅まで歩いた。意味のわからない涙がボロロンと流れているみたいだった。

私はこの日の事を、思い出していました。ああいう時、何が出来るのか?
ひとつ、歌うことしかないんだよね。私には。それしか。
結局、何が出来るのか、と言うことじゃないのかしら?極論ですか?

3日間、くらしき大会に行っていて、どこかから声がしたように思ったの。
「芸を磨いて下さい」と。その一言。

学会レポート (3日目)

2004-09-05 | 音楽療法
前日の飲みすぎ、歌いすぎで声でないの・・・あっはっは・・・って笑い声も出ないの。
スティーゲ先生のお話は、凄かったね。だけど、今の日本で何が出来るのって感はある。ちょっとなって・・・。ただ、この機会に、こういう人を、お呼びした。そして私達がこのお話に耳を傾けたって事実が大事なのかも。非常に有意義ですよ、明日のためには。
そして、シンポジウム。折山さんの話も、岡崎さんの話も、私にとっては目新しい話ではないんだけど(音楽家の話は)、山下さんという医師の話は面白かった。こんな医師は何人に一人なんだろうと、ちょっと悲しくもある。ある意味非現実的な世界?若尾先生ったら感極まって涙声になっちゃう。この先生、著書で随分素敵な方とは思っていたけど、実物は想像以上に素敵だった。大ファンになる。シンポジウム、時間が足りなかったのがなんとも残念。
でも、素敵な時間でした。
午後は総会。これも、時間が足りなくって白熱議論にはならなかったんだけど・・・でも面白かった。質問や意見が出てね。みんな真剣よ。明日の音楽療法学会の為に。(がんばれー!!←ってちょっと他人事)
その後、お昼を食べながら通りがかった青先生も交え、いろいろ話す。今回は過去の全国大会とは随分違うみたい。以前はいかにヘンだったかって事なのかしらね・・・。
最後は、コリン先生の即興演奏でフィニート。そう、音楽で終了でした。いろいろなことが、みっちり詰まった、良い時間でした。

学会レポート (2日目)←ここが本番?

2004-09-04 | 音楽療法
さて、交流会・・・。大騒ぎでしたね!これでいいのか?ってくらい(笑)。
ここのコーディネーターは青先生。音楽療法の世界では超有名人なのだけれど、実は私は以前から存じ上げている。森の木児童合唱団のボイトレをしていた時、青先生は合唱団の指揮や、編曲、録音などで活躍していらした。私は余りに若かったので、接点は直接無かったんだけれど、お噂だけはよく聞いた。話題の人だったわけ。その後のご活躍は知っていたけど、随分アノ頃と印象が違うの。男の人の顔って変わるんだと・・・。凄い人気者で、この交流会の成功は青先生の人気によるところが大だったのだ。親衛隊がすごいすごい!
ここで私は、長野の愛郎さんと初対面することになる。イメージどおり・・・では、全然無かったの(本人、見てる?怒るかしら・・・)。あまりにふんわりした感じでビックリしちゃう。で、声が高いし、背が高い。口語と文語と、全く違う日本語を操るバイリンガルだった(笑)。写真は彼の手づくりカホン(本人の了解なしで添付!)。めちゃめちゃうまくって、びっくりしちゃう!これだけシンプルな楽器で、あんなに色のある音、出すのは難しいと思う。
そして、その後は、秘密の2次会へ繰り出す・・・。これから先は書かないよ・・・。秘密だから(笑)。個人的に知りたい人は有料です。

学会レポート (2日目)

2004-09-04 | 音楽療法
結構早く起きたよ~(コリン先生のお話聞きたいからね)。シャワーに入り、ぼんやりして、身支度を整え、朝食へ。朝食場所には、それらしき人達がいっぱいです。タクシーに乗り込み大学へ行く。
いますね。人人人人・・・・。2200人だからね、なにせ。人に酔いそう・・・。
コリン先生の音楽扱いは、本当にナイーブで、知的。「音・音楽」という今回のテーマに実にふさわしいお話。お話聞いてるだけで、スッキリしちゃうね。続いて、湯川れい子さんのお話。まあ、プロだね、お話上手!ふんわり、優しい言葉で話す。スーザンオズボーンの「浜辺の歌」なんか、使っちゃって(←このCD持ってるの、私は好きじゃないけど)。
さて、午後から問題の(!?)大会長講演。だってタイトルがさっ「音霊に寄する想い~心を揺さぶる音楽とは~」って言うんだよ!怒ったね、私は!
「そんな、大風呂敷広げていいんですかっ!?」って・・・。だって、そこでアタシ・・・歌うんだよ!自分の為に、深くは考えないようにする・・・。それが良い、それが良い。
お昼休みに、簡単に声出して、リハ終了。そこで、なんとクライブ・ロビンス先生が私に声をかけて下さる。うれしっ!私の声について、いろいろ言って下さった。ちょっと感激!
お昼休みが40分ほどになってしまい、みなさんが着席しないままに、大会長講演がはじまる。40分しかないのに10分押し。クライブ先生が「言葉はいらないよ、音楽だけで。充分だからね。」とおっしゃってくださったことが励みになる。だってしゃべる時間、無いもんね!「スプリングシー」「ジョージア」「もののけ姫」と続き、サプライズで、クライブ先生登場感涙もののメッセージの後、「風になろう」。この1曲の為に呼ばれてるっていうのも、結構辛い。だって、これを失敗したら、あいつは何のためにここに来た?って事になっちゃうもん。でも、大過なく終わり、ホッとする。めでたしめでたし!ステージ裏の先生の満足げな表情も印象的。良かったよかった。「チーム岸本」としては、とりあえずのお役割を果たす。
さ、蓮見さん、松本さんと、遅いお昼を食べ一足早くチボリ公園へ行く。田舎の遊園地って感じで、ほのぼのしててよいよい!緑が多くて、人が少ない。そして、夕方になり、「チーム岸本」の次なる活躍が・・・。(つづく)

学会レポート (1日目)

2004-09-03 | 音楽療法
音楽療法学会の為、12時の飛行機で岡山へ。飛行機はかなり空席あり。ギターを抱えて乗り込んだ蓮見さんは美しいスッチーに声をかけられ、ゆとりある席に誘導されちゃった。ちょっと、かっこ良かった(笑)。楽器の人は大変ね、やっぱり・・・。岡山までは1時間5分。到着ロビーには吉岡君が来てくれている。田舎っぽい道をうねうねと進み、倉敷へ入る。ホテルにチェックインを済ませ、大学へ。
さて、川崎ホールに着き、音のチェック。杮落としの学会らしくあちこちピカピカで気分は良い。イメージしていたより狭く感じる。ワインヤード型のせいかな。残響は異常に長く、マイクは無くても良さそうなんだけど、そうもいかないじゃん。音響屋さんと、吉岡君の努力により何とか決まる。出来るだけ生音に近いように・・・、うるさくなく。それにしても、マイクってどうしてああも低音と高音のキャッチが違うんだろう?疑問。いつまでたっても慣れない、マイク。
その後はすることも無く、蓮見さん、松本さんと3人でお食事。松本さんはその後9時から12時までちっちゃなライブハウスでお仕事だって!?すんごいよ!!蓮見さんと2人、ホテルに戻って就寝。明日のため、おとなしくね、おとなしく。
明日、うまくいきますように。。。

いってきます!

2004-09-02 | 音楽療法
明日から、倉敷で行われる音楽療法の全国大会に行ってきます。
2日目に演奏の予定です。

今、音楽療法の世界では国家資格化をめぐる議論が白熱していて、凄いんです!学会のあり方まで問われている。みんな、ここにビジネスチャンスあり!って感じでしょうか?本当に真摯な姿勢で考えてる方は何人いらっしゃるのでしょう・・・って感じです。2000人の学会員が集まるらしい。すごっ・・・。
おもしろい展開がありそうです。私なんかは、第三者ですから気楽なものですが。
ただ、オリンピック見ながら考えてました。どうして、柔道がオリンピック競技なのだろうと。剣道は?合気道は?そこには、柔道関係者の一丸となった並々ならぬ努力があったと聞いています。派閥だなんだって、超越した賢人たちが動いたのでしょう。凄いな柔道
次の時代を見据えて動いていかないと・・・駄目なんでしょうね、あせらないでね。
とにかく私は、自分の出来ること、するだけです!

合わせ

2004-08-01 | 音楽療法
「打ち合わせの時間を決めたいと思います」ケネディより電話。
K:「8月1日はどう?」
M:「無理です。」
K:「えっつ?そうなの?じゃあ、本番の前日の夜しかないなあ・・・」
って、選択肢ナシかよ!!
M:「どこに伺えば良いですか?」
K:「モンローのウチはどうかなあ・・・?」
M:「ウチですか!」
K:「・・・。」
というわけで、私は、リトミックの講習会を、入金しているのに無駄にし、増上寺の佐渡さんのコンサートを、キャンセルし、結構な被害を受けながら、本日合わせ・・・。
でも、良かったよ、やっておいて・・・。前日だけなんて、怪しすぎる・・。まあ、やれやれだよ。
来月は音楽療法の全国大会で倉敷まで行く。なんだか、とんでもないことになっているらしいんだけど、ま、いっか・・・。自分の任務だけはしっかりやらないと。モンローはただそれだけ。ただ、メッセージのある、歌らしい歌を歌いたいと思っている。可能な限り・・・ただそれだけ。「歌らしい歌」とは、中学生のとき、池上先生に言われた言葉だ。その意味が、最近なんとなくわかってきた。歌じゃないと、歌は意味がない。歌う意味も無いと思っている。うん。私に関しての歌は・・・。
ケネディは、相当疲労している。大会長だから、仕方ない。引き受けたんだからね!でも目が真っ赤でふらふらしてるの。気の毒・・・。タイカレーや、サラダなんかお昼に出しちゃう。かなりの好評!よしよし!(写真はタイトルをクリックして大きくして見てよ!美味しそうに見えるから・・)
「なんか、ちょっと元気になってきたよお~」なんて、いっちゃって、ゲンキンだわよ。一番音楽療法が必要なのはこの人だ。(紺屋の白袴?)で、効き目が出やすい、わかりやすい・・・!
モンロー、凄い音楽&食事療法士だ!(自画自賛)