2020.10.21(水)
2013年 イギリス
『あなたを抱きしめる日まで』(Philomena)
監督 スティーヴン・フリアーズ
脚本 スティーヴ・クーガン/ジェフ・ポープ
原作 マーティン・シックススミス
『The Lost Child of Philomena Lee』
出演 ジュディ・デンチ/スティーヴ・クーガン
映画『あなたを抱きしめる日まで』予告編
主人公フィロミナには長い間誰にも言えなかった秘密があった。
10代で未婚の母となり、カソリックの戒律の厳しい修道院に収容された彼女は、定期的に幼い息子に会えていたのもつかの間、彼女になんの知らせもなく、息子を養子に出されてしまったのだ。
(訪れた夫婦が望んだ女児ととても仲の良かった彼女の息子がその女児から離れないために一緒に連れていかれたという、なんとも形容しがたい運命に操られて)
数十年後、初老の彼女はその過去を娘に打ち明け、彼女の手筈でジャーナリスト、マーティン・シックススミスと知り合う。そして、そのことを本に書くことを条件に、息子探しの旅に出る。
実話に基づく作品だという。だからなのかは不明だが、母親の感情に入り込みすぎず、ドキュメンタリーの匂いを感じさせるほどに乾いた心地よい経過の中で、二人の旅が続く。私にはそう感じられた。邦題に違和感を感じて、原作のタイトルが潔く感じられたのはそのせいだろうか。映画の原題も『Philomena』と主人公の母親の名前、というシンプルなタイトルだ。
数十年ぶりに訪ねた修道院では、火事で資料がすべて焼失してしまい息子の行方はわからないという回答を得る(これは偽りであったとのちに判明)。そしてアメリカに渡ったようだという情報のもと、二人はアメリカに向かう。
そこで焦る母は、不安な気持ちをマーティンにぶつける。「ベトナム戦争で戦死しているかもしれない」。あり得ることだ。母の心配はよくわかる。その一方で、彼女は言う、「肥満体になっていたらどうしよう」。アメリカ人ならジャンクフードばかり食べて・・・と。フィロミナの魅力全開のシーンだ。決して大仰ではないジュディ・デンチの演技は、その表情の小さな変化で、不安な思いも抱きつつも強くてかわいい母親像を浮かび上がらせる。フィロミナとマーティンのユーモアにあふれた会話に、旅の目的がときどきその重い衣服を脱いでみせる。
思いがけず、息子はレーガン政権下とブッシュ政権下で法律顧問を務めていたこともわかる。ところが、彼はすでにAIDSでなくなっていた。
最期まで彼とともにいたパートナーは、彼がイギリスの修道院まで出かけて母親の消息をたどっていたこと、修道院で伝えられた偽りの情報で母親を探す旅を終わりにしていたこと。そして彼の墓はその修道院にあること、をフィロミナに伝える。
フィロミナが最初に修道院を訪ねたときに、少し前に息子が訪れていたことを修道院側が教えていたら、母は息子に会えていたということになる。
実話というが、やりきれなさと怒りが私の中に湧き上がったが、フィロミナは遠くを見るような目で、「私は許す」と言う。ジュディ・デンチの目に宿る悲しみに、母の長い旅の本当の最後を想像するしかない。
50年余りの間、息子の姿を想像し続けたであろう母には、息子がゲイであったなんてことにこれっぽっちも心は揺れず、ただ最後に息子を支えた存在があったことに深い安堵の表情を見せる。親はこうでありたい、こうでなければと、どこかで救われる。
憎しみとともに生きていきたくはない、と彼女は言う。この映画では描かれない彼女のこれまでの道のりで、若いころに受けた屈辱や故意の力で息子にたどり着けなかったやりきれなさを越えるくらいの「何か」が、信仰という名のもとに彼女を支えてきたというのだろうか。それは、残念ながら私の想像をはるかにこえる難題だ。
ちなみに、映画『マグダレンの祈り』(ココにレビューを書いています)の舞台となるカトリックの修道院での少女たちの闘いと再生の物語(これも実話)を思い出す。
淀んだ経済を再生させる、壊滅的な状態にあえぐ観光業界や飲食業界に「手を差し伸べる」。そこを担うGo Toなんちゃらの意義は、理解できないことはない。
だけど、普通なら宿泊費2万円のホテルに、諸々利用すると800円の支出で宿泊できますよ~!と、その部分に特化するかのようにノー天気にパネルで説明してのけるメディアの品のなさは気に食わない。
この間まで日ごと発表される感染者数を取り上げて、こんなときにGo Toってどうなの?という論調だったのに。今は、「感染に極力注意して」という枕詞さえ発すれば、もう何を言っても許されると思っているかのようだ。
私たちの税金が使われるのなら、こんなアンバランスな救済策でいいわけはない。2万円が800円になるという極端な「甘い蜜」ではなく、もっと地に着いた、多くの人が一応納得して、実際に途方に暮れている人を救う策が必要だ。
こういうこと、実は多くの人が感じていると思う。メディアにはそこを取り上げてほしいのに。
岡村さんが結婚!
全く無関係の私ですが、チコちゃんつながりで「おめでとうございます」。
昨夜の『チコちゃんに叱られる』のエンディングのシーンでの「結婚」の話題。収録のときにはすでにこの事実を知っていたらしいチコちゃんならぬ木村祐一さん。
岡本さんの表情もそう思ってみると、ちょっとテレが見えたりして。考えすぎかな(笑)。
「普通の人だけれど、自分には素敵な方です」
いいなあ・・・。
朝、母の施設まで。
行きかえりの並木が色づいて、ちょっと寂しくなる。
今年はこのまま暮れていくのか。
母からのハガキには、届けてほしいもののリストとともに、「食事も美味しくいただいています。今日は体操やお風呂があって忙しく、引き出しの整理は明日にします」とあった。
来週の水曜日は昼間家にいられるので、施設のリモート面会を申し込んだ。
母とはそこで会話ができるけれど、今日お会いした入居者の息子さんは、「母の認知症がだいぶ進んで、リモートの面会はむしろちょっとつらい」とおっしゃっていた。以前にお会いしたときにも、同じような悩みを抱えていらしたなあ。
先日の政府のコメントにもあったが、ケースバイケースで対応してほしいとつくづく思う。
その男性は「要求したいことは多々あるけれど、職員の人たちが懸命に対応してくれているのがわかるから、なかなか言えない」と続けて言う。そのあたりもわかりすぎる。
スピッツ「ホタル」のMVを久しぶりに見る。
2000年か。メンバーも30代に入って、いい感じで「大人の男」っぽい匂いを感じさせる。
ボーカルの声はこの時期、なぜか最もつらそうに聴こえて(私には、です)、それもとてもセクシーだ。
(本人も、当時はお酒も結構飲んでいて、若さの延長線上で喉のケアもあまりせずにいて、声はだんだん出なくなるのかな、と思っていたけど、そんなことはなかった、とのちにインタビューで振り返っていたっけ)
顔を汚したメンバーがちょっと新鮮だったのと、リサイクル事件のあとの久しぶりのリリースで喜びがいつも以上だった自分の日常を、ちょっと思い出す。
いつも言っているけれど、「ホタル」は私の好きなスピッツソング10のうちに入るはず。実際にあげてみたら、10曲を選ぶのは無理だとわかっているので、「・・・はず」ってことにしておく。
スピッツ / ホタル