『小早川家の秋(こはやがわけのあき)』(1961)
監督:小津安二郎
脚本:野田高梧,小津安二郎
音楽:黛敏郎
出演: 中村鴈治郎, 原節子, 司葉子, 新珠三千代, 小林桂樹
【作品概要】
『珍しく松竹を離れ、東宝(東京宝塚撮影所)に招かれて撮ったことでも特筆される作品である。多分に軽妙な喜劇としての作りではあるが、最後には無常観とでもいった要素が濃密に漂う』『道楽者の老人の放蕩ぶりと、そんな彼に一喜一憂する家族の姿を描いた小津安二郎監督晩年の秀作の1本。』
(Amazonより抜粋)

【感想レビュー】
観終えて今、ズドーンと重い空気を背負っております…
死生観が深く刻まれた作品でした
森繁久彌さんなど、小津作品に出ない俳優さん達も多くて、常連俳優さん達とのなんだか不思議な画に緊張感がありました
加藤大介さんと森繁久彌さんの並びに『次郎長三国志』の豚松と石松を思い出しなんとも可笑しくなってしまいました

しかし!そんな悠長な事ばかり思ってはいられません。
随所にブラックユーモアが差し込まれます。
中村鴈治郎の演じる万兵衛が心筋梗塞?で倒れ、小早川家が一堂に会するシーン。遠方から来た親族が、塩梅はどうかと心配しながらも、時間がかかりそうなら一度帰って仕事しようかななどと言い合うシーンがあって、まるで死を待つようではないか…
そうこうするうちに本人がフラッと現れるのだけど、その青白い顔と覇気の無さ、白いステテコなどの衣装がまるで白装束に見える…というシュールさ…
ん?ここは笑うところなのか
そうして、今度は本当に亡くなってしまったシーンでは、画面のアングル的に蚊取り線香の煙なのか、はたまたお線香の煙なのか、判然としない時間が漫然と流れる。こんな時にデートに出掛ける娘(?)も十字を空で書いたりと、戯れが過ぎるし、その死を見つめる愛人もあまり哀しんでいるようには見えず、その心内はなんとも形容し難い感じで…。
蚊取り線香の煙でもお線香の煙でも大差ない位のシュールさで…
ラストの火葬場の煙(!!!)に繋がった時は、もうもうただただ唸る
橋を渡る葬送行列のおどろおどろしい音楽。『葬送シンフォニー』だそうで
そもそも始まりの音楽からしていつもと全然違うクラシックな感じだったのですが、最後はもう堂々と。黛敏郎さんが作曲していたのですね
でも、未亡人役の原節子さんとこれから結婚を考えている若者役の司葉子さんだけは、火葬場の煙からも葬送行列からも距離を取っていて、それが一連の死にまつわるあれこれから遠く隔たりがあるように感じられた。。
いや、むしろ未亡人である彼女は、夫の死を見つめながら生きているようでもあり、同時に彼女の背後に“死”が絶えずあり、透けて見えるのでそこまでギョッとしないのだけど、他の人物に至っては、“死”の方が人物達を見つめているように見えて、度々ギョッとさせられるわけなのです。
いやはや、重苦しい気持ちになってしまった…。シュールで面白いところも沢山あるのだけども
最近どうも死生観を考えさせられる事が多いのも影響しているかもしれない…。そこにドーンときました
監督:小津安二郎
脚本:野田高梧,小津安二郎
音楽:黛敏郎
出演: 中村鴈治郎, 原節子, 司葉子, 新珠三千代, 小林桂樹
【作品概要】
『珍しく松竹を離れ、東宝(東京宝塚撮影所)に招かれて撮ったことでも特筆される作品である。多分に軽妙な喜劇としての作りではあるが、最後には無常観とでもいった要素が濃密に漂う』『道楽者の老人の放蕩ぶりと、そんな彼に一喜一憂する家族の姿を描いた小津安二郎監督晩年の秀作の1本。』
(Amazonより抜粋)

【感想レビュー】
観終えて今、ズドーンと重い空気を背負っております…

死生観が深く刻まれた作品でした

森繁久彌さんなど、小津作品に出ない俳優さん達も多くて、常連俳優さん達とのなんだか不思議な画に緊張感がありました

加藤大介さんと森繁久彌さんの並びに『次郎長三国志』の豚松と石松を思い出しなんとも可笑しくなってしまいました


しかし!そんな悠長な事ばかり思ってはいられません。
随所にブラックユーモアが差し込まれます。
中村鴈治郎の演じる万兵衛が心筋梗塞?で倒れ、小早川家が一堂に会するシーン。遠方から来た親族が、塩梅はどうかと心配しながらも、時間がかかりそうなら一度帰って仕事しようかななどと言い合うシーンがあって、まるで死を待つようではないか…

そうこうするうちに本人がフラッと現れるのだけど、その青白い顔と覇気の無さ、白いステテコなどの衣装がまるで白装束に見える…というシュールさ…

ん?ここは笑うところなのか

そうして、今度は本当に亡くなってしまったシーンでは、画面のアングル的に蚊取り線香の煙なのか、はたまたお線香の煙なのか、判然としない時間が漫然と流れる。こんな時にデートに出掛ける娘(?)も十字を空で書いたりと、戯れが過ぎるし、その死を見つめる愛人もあまり哀しんでいるようには見えず、その心内はなんとも形容し難い感じで…。
蚊取り線香の煙でもお線香の煙でも大差ない位のシュールさで…

ラストの火葬場の煙(!!!)に繋がった時は、もうもうただただ唸る

橋を渡る葬送行列のおどろおどろしい音楽。『葬送シンフォニー』だそうで

そもそも始まりの音楽からしていつもと全然違うクラシックな感じだったのですが、最後はもう堂々と。黛敏郎さんが作曲していたのですね

でも、未亡人役の原節子さんとこれから結婚を考えている若者役の司葉子さんだけは、火葬場の煙からも葬送行列からも距離を取っていて、それが一連の死にまつわるあれこれから遠く隔たりがあるように感じられた。。
いや、むしろ未亡人である彼女は、夫の死を見つめながら生きているようでもあり、同時に彼女の背後に“死”が絶えずあり、透けて見えるのでそこまでギョッとしないのだけど、他の人物に至っては、“死”の方が人物達を見つめているように見えて、度々ギョッとさせられるわけなのです。
いやはや、重苦しい気持ちになってしまった…。シュールで面白いところも沢山あるのだけども

最近どうも死生観を考えさせられる事が多いのも影響しているかもしれない…。そこにドーンときました
