『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・『テイク・ファイブ』のドラム美学-2/ディヴ・ブルーベック・カルテット

2014年02月18日 18時51分51秒 | ●Jazz名演・名曲

 

  ◇ジャズ・ドラムへの傾倒

  少年が、“大人受けする格調高い”ドラム演奏をと思って目を付けたのが「モダン・ジャズ」であり、そのスイングから生まれる“重厚で奥深い”、「ドラム演奏(奏法)」でした。そこで注目したのが「アートブレーキ・ジャズメッセンジャーズ」の『危険な関係のブルース』です。

  このドラムスの「アート・ブレーキ」によって、少年はジャズの「スイング・リズム」の基本と、エレキバンドのドラムにはない「ジャズ・ドラム演奏」の魅力を知ることができました。他のお気に入り「ドラマー」は、「バディ・リッチ」や「マックス・ローチ」であり、「ディヴ・ブルーベック・カルテット」の「ジョー・モレロでした。

  しかし、複雑なリズムと速いテンポの「ジャズのドラム奏法」をマスターするのは、容易なことではありません。そこで少年は、「テープレコーダー」を手に入れ、レコードの回転数を遅くして「録音」し、それを何十回となく聴きながら「ジャズ・ドラム奏法(演奏方法)」をチェック分析し、その「スイング・リズム」や「ドラム・ソロ」の基本構成や独創性を掴もうとしたのです。具体的には、簡単な「譜面」にそれらのパターンを書き記すことでした。

  しかし、これは“気の遠くなるような作業”となりました。しかもそれを、 “受験勉強モード” 全開であるべき「高3の秋頃」から始めたのです。何事も徹底的にやらなければ気がすまない “少年の悪い癖” でした。

  

  ◆視聴動画-2:『危険な関係のブルース』 (アートブレーキーとジャズメッセンジャーズ)[7:23]

 

   ◇ドラムによる曲想・メロディの想起力

  とはいえ、この “気の遠くなるような作業” を経験したことで、以下のことが理解できました。といっても、当時は「明確な理論づけ」ができていたわけではなく、今回、当時を思い返しながら何とか「理論的に」まとめてみたものです。

 

1: 「ドラムス」という「楽器」および「楽器構成」の “音楽的意味” が、何となく判りかけたこと。

  少年が感じたことは、「ドラムス」を構成する「スネアドラム、バスドラ、各種タム、各種シンバル、そしてハイハット」が、「リズム&テンポ楽器」として、ピアノ・弦楽器・管楽器等の「メロディ楽器」に“どのように貢献するのか”ということです。具体的に言えば、「メロディ楽器」が奏でる “音の強弱・緩急・遅速 における「ドラムス」の “サポート機能”や“リード(導く)機能”  であり、ときには “コントロール力” というものでした。

 

2: 「ドラムス」という「楽器」の“曲想・メロディの想起力

   本来は「リズム&テンポ楽器」ではあっても、節度ある「ドラム演奏(奏法)」には、 “曲想(曲のイメージ)・メロディを想起させる力があることを学びました。

  といってそれは、「音色」の異なった数多くの「シンバル」類を用いて、“手数多く叩く” ことを “指している” のでもなければ、またそれを “善し” とするものでもありません。むしろ、その “逆” です。このことについては、本シリーズ「」において、「ドラム演奏の視聴動画」を確認しながら、具体的に説明したいと思います。

   簡単に言えば、「ドラムス」が「リズム&テンポ楽器」に徹することによって、「メロディ楽器」がいっそう「メロディ楽器」としての魅力を発揮するということであり、最終的には、メロディ」、「リズム」、「テンポ」三者の “渾然一体” こそが、ジャズを含む “音楽の美” であり、“音楽そのもの” であるとの確信でした。

 

 「ドラミング(ドラム奏法)テクニック”における“難易度の違い”

  つまりは、「ドラム奏法(演奏)」すなわち「スティック捌き」や「ブラッシング」(ブラシを使った奏法)における、「各テクニック」の“難易度の違い”です。

 

 「一つ一つの音そのもの」の持つ存在感や大切さ

  つまりは、「或る音(複数あるのが通常)」と「その前後の音(1音に限らず複数音)」との “連続・非連続性” による “SOUNDの妙” であり、究極的には “音楽としてのハーモニー” というものでした。

 

 他の楽器とのコンビネーションやコラボレーション

   さらに、他の楽器とのコンビネーションやコラボレーションの緊張感であり、その魅力でした。これは現時点で言い換えると、“インプロビゼーション” や “インタープレイ” すなわち “即興演奏の妙” ということになるでしょう。だが残念ながら、当時の「少年」には、まだこの両者を理解する知識もキャリアも、そしてドラマーとしての技術も、圧倒的に不足していました。

  しかし、以上のようにして “何となく掴みえた感覚” は、その後の「JAZZ」や「音楽鑑賞」にとどまらず、「文学・美術」そして「建築や都市」等の鑑賞の際にも活かされたように思います。 

  以上、理屈っぽい説明となりましたが、表題中にある『ドラム美学』を理解していただくために、どうしても必要でした。ご理解ください。 (続く)

 



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