フルマラソン前に読んでおこうと思っていたのですが、間に合いませんでした。しかし、大切なところは身に着けていたようです。
というのも、一夜明けて、体に異変はないから。ぐっすり眠って、体は軽くなっている。
私がなぜ走るのか、その理由はこの本にしっかりと書かれていました。なのでとても共感して、そうなんだよ!と肯きながらあちこちに線を引っ張りました。
「自分自身をどう使うか(45ページ)」なのです。ランニングの根源にある動機は。それしかない。だから走ることは、絶え間ない自己の再教育です。
身に着けたことのいかに多くが無意識であったことか。根拠なくただ無意識で身に着けたことをいかに後生大事に保持しようとすることか。ときに自分の存在をかけるほどに。
人の頭は4~5キログラムもあります。だから姿勢を見るとき頭の位置は欠かせない。まっすぐに首の上に乗っているか。
走るとき、前傾になることで頭が体全体を導く。首、背中は自由でまっすぐ、広く開いている。
着地はかかとからではなく親指の付け根から。脚から動くのではなく肩甲骨と骨盤の連動で。膝をまっすぐ前に。
足首と膝の裏は自由に柔らかく。各部分は連動しながら独立性を保って。視線は遠くへ。
腕は90度に曲げ、体に平行に振る。
この本を読んで何より学んだと思うのは、余分な力を抜くことでしょう。
力みは、ぼくの人生のあらゆるところで顔を出す癖です。
ずいぶんとリラックスして走ることができるようになった。そのことで怪我しない心身になった。結果としてタイムもよくなるという好循環。走れる距離も伸びた。
本書には「アレクサンダー・テクニーク」という技法が取り入れられています。それは「自分で自分を再教育する方法(241ページ)」。
「走りのなかで、自分の本質に出会い、その本質をもって人生のあらゆる場面に臨めるようになれば、なんと充実した人生になることでしょう。ランニングを極めることは、自分の人生を極めることに通じるのです(242ページ)」
小説の感想も、新規で2名から再びいただきました。私の至らないところ、無意識的に書いてしまう癖、習慣的に身に着けたことだから容易い方へ流れてしまった箇所、場面設定と書かれたことの不和、人物の本来の姿からの差異、会話文の違和、全体の流れからの分離など、他者から指摘されて初めて再教育可能となる多くのご指摘をいただきました。小説を書くことと走ることは、ぼくのなかではほとんど同じです。学んだこと、学び続けることの成果として表せるものがぼくにとっての小説。作品。ランニングでは無意識の体の癖が出る。小説では無意識の心の癖が出る。二つは相補いあって一つです。
さあ、反省を生かしてまた書きましょう。走ることと等しく、それは終わりのない旅。
最後に、本書は春秋社の営業さんから(Kさん)いただきました。読むのにだいぶ(3年)時間がかかってしまいました。
しかし、本当に今の私にはぴったりの良書でした。ありがとうございました。
マルコム・ボーク&アンドリュー・シールズ著/朝原宣治監修/小野ひとみ監訳/太田久美子訳/春秋社/2009
というのも、一夜明けて、体に異変はないから。ぐっすり眠って、体は軽くなっている。
私がなぜ走るのか、その理由はこの本にしっかりと書かれていました。なのでとても共感して、そうなんだよ!と肯きながらあちこちに線を引っ張りました。
「自分自身をどう使うか(45ページ)」なのです。ランニングの根源にある動機は。それしかない。だから走ることは、絶え間ない自己の再教育です。
身に着けたことのいかに多くが無意識であったことか。根拠なくただ無意識で身に着けたことをいかに後生大事に保持しようとすることか。ときに自分の存在をかけるほどに。
人の頭は4~5キログラムもあります。だから姿勢を見るとき頭の位置は欠かせない。まっすぐに首の上に乗っているか。
走るとき、前傾になることで頭が体全体を導く。首、背中は自由でまっすぐ、広く開いている。
着地はかかとからではなく親指の付け根から。脚から動くのではなく肩甲骨と骨盤の連動で。膝をまっすぐ前に。
足首と膝の裏は自由に柔らかく。各部分は連動しながら独立性を保って。視線は遠くへ。
腕は90度に曲げ、体に平行に振る。
この本を読んで何より学んだと思うのは、余分な力を抜くことでしょう。
力みは、ぼくの人生のあらゆるところで顔を出す癖です。
ずいぶんとリラックスして走ることができるようになった。そのことで怪我しない心身になった。結果としてタイムもよくなるという好循環。走れる距離も伸びた。
本書には「アレクサンダー・テクニーク」という技法が取り入れられています。それは「自分で自分を再教育する方法(241ページ)」。
「走りのなかで、自分の本質に出会い、その本質をもって人生のあらゆる場面に臨めるようになれば、なんと充実した人生になることでしょう。ランニングを極めることは、自分の人生を極めることに通じるのです(242ページ)」
小説の感想も、新規で2名から再びいただきました。私の至らないところ、無意識的に書いてしまう癖、習慣的に身に着けたことだから容易い方へ流れてしまった箇所、場面設定と書かれたことの不和、人物の本来の姿からの差異、会話文の違和、全体の流れからの分離など、他者から指摘されて初めて再教育可能となる多くのご指摘をいただきました。小説を書くことと走ることは、ぼくのなかではほとんど同じです。学んだこと、学び続けることの成果として表せるものがぼくにとっての小説。作品。ランニングでは無意識の体の癖が出る。小説では無意識の心の癖が出る。二つは相補いあって一つです。
さあ、反省を生かしてまた書きましょう。走ることと等しく、それは終わりのない旅。
最後に、本書は春秋社の営業さんから(Kさん)いただきました。読むのにだいぶ(3年)時間がかかってしまいました。
しかし、本当に今の私にはぴったりの良書でした。ありがとうございました。
マルコム・ボーク&アンドリュー・シールズ著/朝原宣治監修/小野ひとみ監訳/太田久美子訳/春秋社/2009
ほんとに言いたい事なんだろうと何となく思う。
俺もやろうかなと思ったらお医者さんから「あまり余分なエネルギーは使わないように。貴方の場合は」と言われたのを思い出した(笑)
荒地の石さんには、確かにマラソンをおすすめするのは憚られます。常に120パーセントだから(笑)。