ひさびさの岩波新書。さすがに読みごたえがありました。
中身は、本の帯にある通り。生い立ちによって身に着いた心の癖をもとに、漱石の作品を読み解いていく。
漱石の心の癖とは何か。「じゃあ、消えてやるよ」です。
何から消えるのか。生まれを望まれなかった家族、とくに母から。
生まれてすぐに里子に出された。そこは古道具屋で、がらくたと一緒に軒先に置かれた。
姉が見つけて連れて帰るも、父に怒られた。
今度は養子に出された。養父もひどい男だった。離婚を機に夏目家に返される。
しかし21歳まで養子の姓、塩原のままだった。利権でもめて。存在を無視されたまま青年になった。
そのなかで、母だけは、俺を愛していたのではないか? しかし、確証がない。
俺はそんなに望まれない子なのか。生まれてきてはいけなかったのか?
じゃあ、消えてやるよ。お前たちを罰するために。
そうしてたどり着いたのはどこか?
孤独でした。
孤独が、しかし、もっとも社会的なものだった。
きわめて個人的な出生の秘密、愛されなかった子という傷は、突き詰めていくうちに人間の普遍の心理にたどり着いた。
漱石はこうも思ったのでしょう。そんなに俺はだめなら、だめな俺がひとかどの人間になってやる、と。
本名の金之助ではなく、文筆名の漱石(石で漱ぐ(くちすすぐ)=石で口を漱ぐのは俗世間の賤しいものを食した歯を磨きたいから)になりきった。
まだ読んでいない作品がいくつかあります(『明暗』など)。また読みたくなりました。
胃潰瘍という爆弾を抱えつつ、最期まで生き抜いた。
癇癪(かんしゃく)もまた愛嬌という気がしてきます。奥さんは大変だったと思いますが。
私は高校を卒業するとき、大学受験は全て失敗、かつ阪神淡路大震災、さらに地下鉄サリン事件が起こり、まったく何をすればいいのかわからず不安、何を信頼すればいいのか疑問、そして孤独に陥っていました。
池袋の予備校に通うなか、予備校の近くにあった古本屋で文庫を買いあさり、むさぼるように読んだ。夏目漱石と出会った。
そこから続いている縁。不思議です。文学って。
頼もしいな、とも思えるようになりました。
その営みは絶対に必要なものだって、漱石の生涯を知っても、私の個人的体験からも、信じられるから。
三浦雅士著/岩波新書/2008
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