泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

漱石 母に愛されなかった子

2014-06-22 13:19:31 | 読書
 

 ひさびさの岩波新書。さすがに読みごたえがありました。
 中身は、本の帯にある通り。生い立ちによって身に着いた心の癖をもとに、漱石の作品を読み解いていく。
 漱石の心の癖とは何か。「じゃあ、消えてやるよ」です。
 何から消えるのか。生まれを望まれなかった家族、とくに母から。
 生まれてすぐに里子に出された。そこは古道具屋で、がらくたと一緒に軒先に置かれた。
 姉が見つけて連れて帰るも、父に怒られた。
 今度は養子に出された。養父もひどい男だった。離婚を機に夏目家に返される。
 しかし21歳まで養子の姓、塩原のままだった。利権でもめて。存在を無視されたまま青年になった。
 そのなかで、母だけは、俺を愛していたのではないか? しかし、確証がない。
 俺はそんなに望まれない子なのか。生まれてきてはいけなかったのか?
 じゃあ、消えてやるよ。お前たちを罰するために。
 そうしてたどり着いたのはどこか?
 孤独でした。
 孤独が、しかし、もっとも社会的なものだった。
 きわめて個人的な出生の秘密、愛されなかった子という傷は、突き詰めていくうちに人間の普遍の心理にたどり着いた。
 漱石はこうも思ったのでしょう。そんなに俺はだめなら、だめな俺がひとかどの人間になってやる、と。
 本名の金之助ではなく、文筆名の漱石(石で漱ぐ(くちすすぐ)=石で口を漱ぐのは俗世間の賤しいものを食した歯を磨きたいから)になりきった。
 まだ読んでいない作品がいくつかあります(『明暗』など)。また読みたくなりました。
 胃潰瘍という爆弾を抱えつつ、最期まで生き抜いた。
 癇癪(かんしゃく)もまた愛嬌という気がしてきます。奥さんは大変だったと思いますが。
 私は高校を卒業するとき、大学受験は全て失敗、かつ阪神淡路大震災、さらに地下鉄サリン事件が起こり、まったく何をすればいいのかわからず不安、何を信頼すればいいのか疑問、そして孤独に陥っていました。
 池袋の予備校に通うなか、予備校の近くにあった古本屋で文庫を買いあさり、むさぼるように読んだ。夏目漱石と出会った。
 そこから続いている縁。不思議です。文学って。
 頼もしいな、とも思えるようになりました。
 その営みは絶対に必要なものだって、漱石の生涯を知っても、私の個人的体験からも、信じられるから。

 三浦雅士著/岩波新書/2008

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