泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

過去の整理

2021-05-10 18:14:53 | フォトエッセイ
 先日、書店でふと気になった本を手に取り、開くと、こんなことが書いてあった。
「ケータイの連絡先から、もう会わない人を消すとかなりすっきりするのでおすすめ」
 どんな文脈だったかも覚えてないけど、なるほどこれは使えると思って、その日の帰りの電車でがんがん消していった。
 かなり残っていました。もう10年以上連絡とっていない人もざらに。
 ちょっぴり未練とか期待とか、そんな気持ちもこもっていた人たちも。
 もうそんなこともあんなこともばっさり消去。
 はあー、すっきり!
 いつも持ち歩いているケータイに過去が残っていた。
 今を支える過去ではなく、今を後ろ向きに引っ張る過去として。
 味をしめて、今度は保管してある葉書、手紙に手が伸びた。
 改めて見直すと、不要になったものと、宝物化したものとにはっきり分かれた。
 不要なものを持っている必要はないので捨てました。
 写真は、昨日、青梅の山を歩いているときのもの。
 想像以上に険しい岩山でしたが、下から噴き上げてくる風や新緑が最高だった。
 本来は仙台ハーフマラソンを走るための3連休。
 中止になり、姉夫婦を頼って、青梅の山を歩きたいと提案し、甥っ子も一緒に4人で歩き抜いた。
 会話も楽しんで。下山後の食事も久々のほろ酔いも。
 別れることで、人は一つの経験を積むことができるのかもしれません。
 別れがないままなら、次のページに移ることもできない。
 未熟な大人が増えているのであれば、別れの質と量が減っているからなのかもしれません。
 初恋の人からの手紙は、やっぱり捨てられなかった。
 再読して、明らかに自分が子供扱いされていたのだとわかった。
 今思えば当然の対応です。むしろ、そんなお子ちゃまの自分に会い、きっぱりと断ってくれたことに感謝しかありません。
 別れを受け入れるのに、いったいどれだけの時間と労力と言葉を必要としただろう?
「時間は一番の薬だ」と言うけれど、本当にそうだと思う。
 時間は命そのもの。
 元気に生きているということが、最高の恩返しなのだと。
 後退したくなる日もある。
 でも、過去を整理すれば、自ずと前進する力は大きくなる。
 過去は、今をつかむことのできる守備範囲のようなもの。
 うずく傷は、人を理解しようとする力を強めてくれた。
 書くことはずっと続いている。
 走ることと手を組んで、これからも、ずっと。
 続けているうちに、手を組む相手も増えてきた。
 写真と手を組んだ。「フォトエッセー」というカテゴリーを新たに作りました。
 一人ひとりの読者とも。出版社とも。
 和を広げていくこと。それが私の宿題。

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