泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

「本」ではなく

2023-06-21 16:37:16 | フォトエッセイ
 この前の日曜日、働いている本屋でこんなことがありました。
 カウンター内のパソコンで作業をしていると、小学校低学年くらいの男の子が、ご両親に見守られながらおずおずと近づいてきました。
「お問い合わせですか?」
「『おばけずかん』を探しています」
 パソコンで確認してご案内。
「この本で大丈夫?」
 男の子はかすかにうなずきました。
「ごゆっくりご覧ください」
 ここまではよくある接客です。が、続きがありました。
 引き続きカウンターで仕事していると、さっきの男の子が本を持ってやってきた。
 何かと思って顔を近づけると、
「見つかりました! ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそありがとう」
 そんな言葉を返して、その後1分くらい、にやにやが止まらなかった。
 うれしかったから。
 お客さんが探している本がどんな本であれ、出会う手伝いができたときは純粋にうれしい。
 で、思った。
 私は、本屋として、お客さんが探し求める本と出会う場を作り、保ち、お問い合わせに100%回答をしようと努めてきた。
 でも、本って、要するに「言葉と絵」だ。「言葉と絵」が、木から出来た紙に載ってまとまっている。
「言葉と絵」の配分や配置によって、小説だったり詩だったり絵本だったり漫画だったり図鑑だったり参考書だったりに変わるだけのこと。
「木で支えられた言葉と絵」を売ってきたのだ、と、その男の子とのやりとりを反芻する中で開けてきました。
「本」の因数分解が起きた、と言えばいいのでしょうか。
 大学在学中から「物書き志望」で、「食い扶持」として本屋を選び、必要に迫られてカウンセリングの体験学習も経験してきました。
 本屋とカウンセリングと創作と。その三つは、最初ばらばらだった。ばらばらであることで、それぞれを守ってきたとも言えます。
 でも、そのうち、カウンセリングの仲間や先生が本屋に来たり、創作物を本屋に置いてもらったり、仲間に読んでもらったり、本屋の仕事で作家さんと会う機会があったり、出版社の人たちと信頼関係を育んだり、また出版社の人に原稿を見てもらったり、また今回のように、本屋でお客さんとの出会いがあったり。
 要するに、私は絵は描けないけど、主に言葉を提供してきたのだ。言葉を売ってきたのだ。人が、必要とする言葉と出会う手伝いをしてきたのだ。
 ならば、書くことも、カウンセリングすることも、本屋で働くことも、すべてつながっている。つながっていた。
 カウンセリングでやっていたことも、ひたすらよき聴き手となることであって、語り手の中に埋もれている主人公の物語を語り手が十分に語り味わい尽くすことができるようにそこにいることでした。
 木が好きで、森林の中を走ることが何より好きな私にとって、木で出来た本に囲まれる環境というのは、落ち着かなければ嘘でした。森林の中の一本の木に登り、高いところでくつろぎながら、言葉で出来た果実(本)が手の届くところにたくさんあるようなもの。
 本屋に行く前の電車では、必ず本を読む。一番読める時。自宅でも読むけど切りがないから、自宅では基本読まず、書くことにしています。
 毎日のように本(言葉)を読み(聴き)、やがて書く(語る)ことを仕事にしたいと願ったとして、それはとても自然なことと思った。
 ある男の子の「見つかりました! ありがとう」を通じて、私の歴史が垣間見えた、というお話。
 見つかったのは彼自身であり、彼の純粋さに打たれて、私も私を再発見できたというか。
 本は木からでき、「言葉と絵」と、そして作者たちの「思い」が詰まっています。
 必要な思いに支えられた、適切な本を届けられるように。
 言葉と絵(イメージ・想像)が有機的に結びついて命(時間)が宿るとき、そこに自ずと物語(小説)は生まれます。
 今までやってきたことが一つにまとまって力強くなった感じ。それは、物語を書くことのできる小説家だけの特権ではないと思いますが、十分に味わいつつ、まずは一つ目の「小説(『大説』では決してない!」を仕上げたいと、やっぱりそこにたどり着きます。
 暑くなってきました。
 蒸し暑いのも苦手ですが、紫陽花と出会ってからそんな苦にならなくなりました。
 走って汗を流すことも、夏場は心地よいものです。
 涼しい朝を活用しながら。
 写真の「アナベル」は、アメリカ原産の紫陽花。
 花言葉は、「忍耐強い愛」です。

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