SIDEWALK TALK

独墺紀行〈7〉 草原の教会

ヨーロッパ(キリスト教)では、どんなに小さな聚落でも、まちの中心に教会があり、
その聖堂(カテドラル)がまちで1番高い建造物である。
今回の旅でもそれを証明するかのように、
アウトバーンからのぞむ村々には、かならず教会が建てられていた。


wiesチボーさんのバスが、(上記の定義からいえば)奇妙な教会に立ちよった。
アルプスの山々をバックにした牧草地に、白堊の教会がポツンと建てられている。
「ヴィース教会」というらしい。
「ヴィース」(wies)とは「草原」の意らしく、
文字どおり「草原の教会」ということになる。
このヴィース教会は世界遺産に指定されていて、年間100万人が訪れる。


外観はなんの変哲もない教会だが、内装はロココ様式の最高傑作といわれるほど壮麗を極めている。
もともとは小さな礼拝堂だったが、
ヨーロッパ中のカトリック信者たちの寄付によって、現在のようなかたちになった。
ヨーロッパ中の信者たちの心をつかんだ事件が、18世紀半ばにおきた。
それが「牧場の奇跡」である。


この地方の祭祀のために、1730年につくられた「鞭打たれるキリスト像」というのがあった。
しかしその悲惨な姿のために飾られることなく、いつしか修道院の屋根裏に放置されていた。
それを哀れに思った農婦マリア・ロリーは像を譲り受け、数ヶ月のあいだ、熱心に祈りを捧げつづけた。
ある日の夕方とその翌朝、奇跡がおきた。
「鞭打たれるキリスト像」が涙を流したのだ。
日にちもハッキリしている。
1738年6月14日の夕方と翌朝のことだった。
その像を安置するために建てられたのが、ヴィース教会である。


wies2この奇跡はまたたく間にひろまって、
やがて近隣諸国からも多くの巡礼者が訪れるようになった。
僕はこの手の神話めいた伝承は信じないが、
この奇跡には複数の目撃証人がいたらしいので、事実なのだろう。
なんらかの原因で、木像の顔に水滴がついたり、水が滲みだしたりしたのが、
涙に見えたのかもしれない。


それにしても、信仰のパワーというものはすさまじい。
本来、生活に密着していただけの田舎の礼拝堂を、
寄付による建築や絵画などの装飾によって、世界遺産に指定されるまでの文化財に仕立てあげた。


この稿は、じつはヴィース教会のことをくどくど説明する気はなかった。
今回の旅で訪れたさまざまな教会で感じた
キリスト教(とくにプロテスタンティズム)と浄土真宗の類似点について書こうと思い
PC にむかったんだけど、話がつい脇にそれた。
ながくなったので、そのテーマについては他の機会にゆずることにする。


チボーさんのバスは、ヴィース教会をあとにして、いよいよオーストリアへ。
モーツァルトの生誕地であり、チボーさんの現在のホームタウンである
ザルツブルグがつぎの目的地だ。

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