父が今年の10月で満88歳、米寿を迎える。
若き頃は、アランドロンだ(私に言わせればキアヌなんだけど…)と持てはやされた父もずいぶんと老けた。老けはしたが、腰も曲がらず、白髪が良く似合う素敵な老い方をされた。
私は、美男美女の多い父方の遺伝子を弟や妹ほどには受け継いでいない。
私が、父から受け継いだもの、
それが、かたずけ上手なところだ。と言うか、片付けるのがすごく好きなところ。
かたずけ上手と言えば聞こえがいいが、父の場合は、度が過ぎていて、
かたずけ過ぎる傾向にある。
母が先にこの世を去って、実家は今は父が一人暮らしを始めて20年以上になる。
父とは反対に、母は物を捨てるのが下手だった。
母が健在だったころの冷蔵庫の中はいつも物が溢れ、奥に何が入っているのかわからないし、何年も昔に賞味期限が切れたものなんてのが出てくることもザラだった。水屋の引き出しから、玄関わきの書棚など物があふれていた実家は、20年の歳月を経て、整理上手な父の手が家の隅々まで行き届き、以前とは見間違うほど殺風景な家と様変わりしている。いつも、物で溢れる冷蔵庫を開いては「捨ててしまえ。」が口癖だった父なので、今の実家は、父の願いが叶った状態という事なわけだ。
ところが、
そうなると今度は困ることも出てくる。
うちを訪ねた人は、ごみを捨てるのを躊躇することになる。
台所の残飯入れはもちろんで、各部屋のゴミ箱の中は、いつも空っぽだからだ。
実家に帰った時に、いつものようにゴミ箱に気軽にゴミを捨てていたら、次にはもう回収されていて、きれいなゴミ箱になっている事が何度かあって、それからは、ごみを捨て辛くなってしまった。
人間がまめにできているのだ。(マメすぎる…)
冷蔵庫の中は隅々まで見渡せる。何が入っているかが一目でわかる。
一目でわかるものだから、賞味期限切れなど実家の冷蔵庫の中には存在しようがない。’
わけの分からない物を入れていたら捨てられてしまう。
いつぞやは、私がアメリカから持ち帰ったビニール袋に入った少量の液体を冷蔵庫に入れていたところ、私が入れたものとは思いもせず(それはいくら何でも…)いつの間にか父に捨てられてしまった。エーーーー!聞いてから捨てて欲しいわと、文句を言ったところで後の顛末だったのだ。
高校野球が好きで、庭いじりがプロ並みで、野菜造りももう専業農家並みの腕の良さで、魚をさばくのも、刺身に下ろすのも難なくこなし、字もすこぶる上手い。何をさせても仕事がきれいで速く抜かりがない。父はこのDNAを腕の良い大工だった父親から受け継いだものだろう。
その様な父も、若いころはよろしく遊びもし、母をずいぶん泣かせたのだ。
父のマメで抜かりない性格で勤め上げた母の9か月の闘病生活期間、入院中は毎日自転車で病室を訪ね、毎日の母の世話を父は本当に難なくやり遂げていたという事だ。
それは、言ってみれば、禅のような、
苦労させた母への最後の罪滅ぼしのような思いで勤め上げた期間ではなかったか…。
貧しい家の長男で、下に妹が5人もいて、仕事もままならなかった父の見目美しさに惚れて嫁いできたと言う母が、生前は色々と気をもんで、悔しい思いもたくさんして、でも最後は、父を自分ひとりに尽くさせて逝ったんだ。地上で一緒に過ごせるに越したことはないけれど、苦労させられた旦那に尽くしてもらった時間を、母は幸せと感じはしなかったか…。昔の事など赦してあまるほど尽くしてもらったと思って逝ったと思いたい。(とうの昔に赦してただろうけど)
父のマメでかたずけ上手を受け継いだのが私だが、
父ほどまでには度が過ぎない程度の、ちょうど良い加減のかたずけ上手に仕上がっている、と自分では思っている。子育ても一段落して時間もでき、かたずけ好きな自分を満足させながら生活できるように、ちょっとはなってきた。
しかしだ。
私は捨て上手でも、旦那は何でも拾ってくる性格で、これがうまくいかない。
私がゴミに出したものを、チェックしては家の中に持ち帰る旦那なのだ。
芝や植え込みを汗だくになって刈り取ってゴミ箱3個とかに詰めて家の前に出していても、旦那がそのごみすら捨てずに家の敷地内にまいて「土地から出たごみは、土地に返すこと然り」などとのたまうのには、あきれて返す言葉もない。
”かたずけは捨てる事から、”
”子供たちに荷物になるものは残さない事だ”と言っては、
何とか断捨離を断行したいと思っているのですが、
先が思いやられる……。