KU Outdoor Life

アウトドアおやじの日常冒険生活

剱岳北方稜線全山縦走(後編)

2019年05月06日 | アルパイン(残雪期)
日程:2019年4月27日(土)-5月4日(土)前日発7泊8日
行程:嘉例沢森林公園-鋲ヶ岳-僧ヶ岳-サンナビキ山-毛勝三山-赤ハゲ・白ハゲ-池ノ平山-剱岳-早月尾根-馬場島
同行:ヒロイ(我が社の山岳部)
 
 
6日目(5/2)
 天候:のち
 行程:ブナグラ乗越-赤谷山-赤ハゲ手前
 
 事前の予報では今日からまた天気が好転するはずだが、なぜか未明からテントを叩く雨音で起こされる。
 いよいよ『八甲田山』のあのセリフが飛び出しそうな心境だが、いざとなればここブナグラ乗越あるいは少し先の赤谷尾根から馬場島へ下りられると思うと、もう運を天に任せるしかない。
 
 テント内は何もかも冷たく濡れ、ストーブをいくら炊いても多少の湯気が出るだけでまったく無意味。
 気が滅入り、一人だったらとっくに下りているだろう。
 ホワイトアウトは昨日よりひどく、隣のテントも動き出す気配は無く、そのうち山の歌を歌い出した。
 他にすることもないので相方もそれに呼応して歌で返したりして、時間の過ぎゆくままに待機する。

 そのうち雨音がしなくなったと思って外を見たらシンシンと雪。
 気温も次第に下がってきて、いよいよ進退が問われるタイミングとなってきた。
 そうしているうちに、また相方が人の声が聞こえると言い出す。
 
 こんな悪天にまさかブナグラ谷を登ってくるパーティーがいるのか。また、幻聴かと笑っていたら、確かに聞こえる。
 しばらく様子をうかがっていると何となく聞き覚えのある声。S会のメンバーだ。
 こんな悪天をついて猫又山から下りてくるなんて、何て強いんだ。

 残念ながら彼らはやはり燃料不足等でここブナグラ谷から馬場島へ下山するらしい。
 できればお世話になった彼らと一緒に剱の頂上に立ちたかった。
 テントから顔を出して彼らに御礼を言い、別れを告げた。
 
 さらに停滞を続けるが、そのうちふと外が明るくなった気配を感じる。
 テントの入口を開けると西の方からどんどん雲が切れ、それまで見えなかった周囲の稜線が姿を現わし、青空が顔を出してきた。
 
 行くしかない!既に昼近いが急いで出発準備をし、撤収開始。
 我々が撤収準備を始めると向こうも感づいたらしい。
 この天気ならまずフツーの山屋なら即出発だと思うが、挨拶に来た向こうのリーダーは「すみません。ウチら日和ってしまって。今日はここで停滞します。」と言う。

 ウチらも強力な大阪S会の男性二人のお世話になっておきながら言うのもナンだが、ここはやはり正念場なので、正直ラッセルはある程度分担してほしかった。以後、当てにはしないで我々は自分たちのペースで進むことにする。
 
 幸い天気は快方に進む。
 赤谷山の山頂では待望の剱がいよいよ目前に姿を現わす。ここまで来たらもはや撤退は無し!

 

 猫又山から先ではもしかしたら北方稜線短縮版パーティーのトレースが期待できるかと思ったが、昨日の雨と今朝の雪でまったく無い。
 相変わらず重い雪のラッセルで白萩山を越え、最低コルから少し登り返した所で幕とする。

 久し振りの陽射しで夕暮れまでの間は、大もの干し大会。
 シュラフやら靴下やらをそこら中の灌木の枝に引っ掛けて干しに掛かる。
 風も適度に吹いていたお陰で、テントシューズ以外はけっこう乾いたのが助かった。

 
7日目(5/3)
 天候:のちガス
 行程:赤ハゲ・白ハゲ-大窓-池ノ平山-小窓
 
 昨日の乾燥タイムで意気が上がったかに思われたが、朝から相方が足の不調を訴える。
 見たところカカトが少し赤く腫れてムクんでいるようにも見えるが、目に見える外傷は無く、ここは何とか頑張ってもらうしかない。
 
 本日はすぐに赤ハゲの急登。標高が上がってきて、これまでの蹴ればステップができる軟雪ではなく、所々カリカリに凍っている。
 何とかだましだまし付いてきてもらったが、ペースが上がらないので装備を再配分し、自分がテントとロープ2本を持つが、後半に来てこの加重はちょっと辛かった。
 しかし相方も口には出さないが、ここまでかなり重い二人分の食料を担ぎ上げてくれたのだから、ここは二人の頑張りどころだ。

 赤ハゲを過ぎ、白ハゲの切れたトラバースにかかる頃、後方を振り返るとO会の三人。
 その前に別の三人組が間に入り、こちらに向かってくる。
 何にしてもパーティーが増え、機動力が上がるのは大歓迎だ。

 

 この辺り、左側(東側)に発達した雪庇がヤバイ。
 白ハゲを越えた後の岩場は右から巻く。短い懸垂を交え、大窓へ下降。

 

 その後の池ノ平山への登り返しが長く急で、また苦行。
 後から追い付かれた関西K会の三人組が先に取り付いたが、微妙な岩と雪のコンタクトラインを直上していく。

 我々は事前にネットで他会の記録を研究したところ、実はここはブッシュ沿いの夏道が出ていたらそれを使う方が安全で効率的なことを知っていたので、それを使う。
 後続のO会も知っていたのかもしれないが、我々の後を付いてきたようだ。

 

 キツい池ノ平山の登り返しが済むと、さらにこの先、ルートが複雑になってくる。
 相方の不調もあり、ここは平均年齢高めだが元気なK会の皆さんにリードしてもらう。
 視界が利いてもけっこうルーファイが難しいが、K会は巧みにリードしていく。

 その後、懸垂を数回交えて小窓に到着。
 天気予報は良い方向に向っていたはずだが、昼過ぎからガスが湧き出し、視界はあまり良くない。
 本来はこの日、小窓王を越えて三ノ窓まで行きたかったが、とても届かず。
 3パーティーとも少し離れて小窓で幕とする。

 
 
8日目(5/4)
 天候:
 行程:小窓王-池ノ谷ガリー-剱岳-早月尾根-馬場島

 夜半、猛烈な足の冷たさで目が覚める。
 靴下もテントシューズも相変わらず濡れており、しかたなく裸足のままシュラフに入ったのだが、知らないうちに凍った靴の上に足を乗せて寝入ってしまったようだ。
 相方も同じような状況で、かなり厳しい一夜だった。

 天気はこれ以上ないほどの快晴だが、やはり剱に近づき標高が高くなったせいで気温は低く、テント内の靴はガチガチに凍って足が入らない。
 北方稜線全山縦走まであと少しだが、もはや登頂よりここから脱出したい気持ちの方が強くなっている。
 
 何とかガスストーブで炙って靴を履き、スタート。
 できれば今日中に下山したいが、普通に見積もっても10時間以上の行動だ。少なくとも早月小屋までは行かなければ。
 
 

 それでも相方の足はよく乾かしたら、昨日よりはまだ歩けるらしい。
 本日は小窓王の急な登りから始まる。
 歩き始めると相方はやはりペースが上がらず、途中からまた自分がロープ2本など受け持つ。
 
 
 
 進むにつれ、途中から別パーティーが合流してくる。
 小窓王から三ノ窓への下りはやはり急で、比較的軽装な他バーティーはWアックスのクライムダウンで可能な限り下りていったが、我々は安全を期して早めにロープで懸垂に掛かる。

 

 しかし、ここでトラブル。
 50m一回分下りた所で一旦切り、さらに下に落ちていったロープを引き上げようとしたところ水を吸ったロープが下の岩に凍って絡みつき回収できない。
 しかたなく一本のロープで相方をさらに下の安全地帯までロワーダウンさせ、自分はルートから外れて回収にかかる。
 何とか回収はできたものの今度はもう一方の古いロープが水を吸って凍ってしまい、完全な針金と化してしまった。
 うまく巻くこともできず邪魔物でしかないため、たいへん申し訳ないが途中の岩陰に残置し、もう一本の使えるロープだけを持ち帰る。
 (今夏、再び剱へ行くことになったら必ず回収します。どなたか再利用するなら構いませんが、おそらく14年使っているものなので悪しからず。)

 そうこうしているうちに遠くから声がしたと思ったら、正面の池ノ谷ガリーで滑落事故発生!
 ボブスレーのようなスピードで人が落ちていくのが見え、白いヘルメットを被っていたので一瞬相方かと思って心臓が凍り付く。
 その後、身体が反転し、紺色っぽいジャケットが見えた。
 我がチームカラーの赤で無いことを確信し、再び相方の名を呼ぶとやや間があって返事が返ってきた。
 向こうは向こうで私が墜ちたと思ったらしい。

 しかし、危ないところだった。
 もしロープスタックが無く、順当に進んでいれば我々も巻き込まれていた可能性は大である。
 周りのパーティーも思わぬ出来事に慎重に下り、ひとまず安全地帯の三ノ窓に集結。
 
 
 
 三人組の小窓尾根パーティーのドコモが県警と連絡を取れた。
 彼らはこの後チンネへ行くためこの日は三ノ窓ベース。申し訳ないが今後の警察との連絡を彼らに託し、ウチらを含めた残りのパーティーは行動を続行する。
 つい今しがた起きた事故で、相方は若干ビビリモードに入ってしまったか。
 それでも登らないわけにはいかない。池ノ谷ガリーは表面が一部氷化しているので、とにかく一歩一歩確実に蹴り込むよう指示する。
 
 そのうち陽が当たってくるにつれ、回りの雪が解け始めたか上部から疎らに落石が落ちてくる。
 足元ばかりでなく上部にも注意を払うよう相方を振り返った途端、いきなりドスンと右肘辺りに強い衝撃を受けた。
 やっちまったか!
 握り拳大のをモロに喰らったようだが、幸い手のひらは動く。どうやら骨は折れていないようだ。しかし、その後、袖の冷たさで出血していることがわかった。

 先行者のアイゼンの爪痕を追っていくと中上部でそのまま左手の日陰部分を通過していったことがわかる。
 そこは陽が当たらないため明らかに堅いブラックアイスとなっており、冷静に判断していればもっと右手の陽が当たっているルートを安全と見て取っていたことだろう。自分は努めて安全なルートを選んでいく。

 池ノ平乗越には滑落者の同伴者が他の登山者と共に待機していた。
 警察からもしばらくその場に残るように指示されたようだが、心中察するに余りある。
 とりあえず一人でも待機の体制は万全なようなので、気の毒だが有り合わせの行動食の残りを渡して、ウチら他パーティーはその場を後にする。(その後のニュースで事故者は池ノ谷ガリーを500m滑落し大怪我を負ったものの一命は取りとめた模様。助かって本当に良かった。)

 ここからはあと少し。
 気持ちの良い雪稜が剱の頂上まで続いている。昨年夏にも歩いたが雪で岩場が埋まっている分、この時期の方が歩きやすいぐらいだ。
 相方は足が痛いのか動きがややスローになっているので、最後に発破をかけ何とか頑張ってもらう。
 
 
 
 
 
 そして頂上。ついに剱へ。北方稜線全山、完結!
 本当にたどり着けるのか冗談半分のような計画だったが、まさかここまで来てしまうとは。
 相方もよく頑張ったなぁ。
 すぐ後に続いた関西K会の面々としばし喜びを分かち合う。感動はひとしおだが、疲労と緊張のせいで涙は出ない。

 

 30分ほど頂上で至福と安堵の時間を過ごし、下山は早月尾根へ。
 
 途中、懸垂下降を2ピッチ。自分は緊張の糸、それともエネルギーが切れたのか下山の途中から猛烈に足が痛くなってくる。
 とにかく一歩踏み出すたびに両足が無数の針で刺されたように痛い。絶対おかしい。
 
 途中の早月尾根で靴下を脱いでみると濡れた靴下で足が白子のようにふやけ、指先から血が滲んでいた。
 当てにしていた早月小屋は閉まっており、ここでもう一夜テン泊する気力はもはやウチらには無い。
 相方には悪いが最後はロープを持ってもらう。ここでもう一泊するという関西K会に御礼を言い、試練の下山を続ける。

 
 
 知ってはいたが、早月尾根は疲れ切った身体に最後までダラダラと長く、実にしんどい。
 尾根の途中で相方がタクシー会社に電話を入れ、余裕をもって19時半に馬場島まで送迎に来てもらうよう手配する。
 しかし、途中でいよいよ夕闇に掴まり一瞬道を見失う。
 
 結局、約束の時間より1時間遅れて馬場島へヘッデン下山。タクシーの運転手さんには待たせて申し訳なかったが、実に気のいい人で助かった。
 既に時間も遅いので、そのまま電車は使わずタクシーで入山口の嘉例沢森林公園へ戻る。(約19,000円!)
 
 一週間放置され真っ暗な駐車場でポツンと我々を待つヒロイ号を見た時に、あぁようやく終わったと思った。
 
9日目(5/5)
 行程:富山-松本-横浜
 
 その後、24H営業している「スパ・アルプス」に寄ってまずは風呂。
 自分の足は両方とも足裏に水泡ができ2度の凍傷。落石を受けた右腕は出血は止まっていたがpatagoniaのシャツはかなりの血を吸っていた。
 相方はサングラスをしていたにも関わらず雪目になってしまったようで運転不能と、二人ともダメージはそれなりに大きい。
 
 下山したら富山ブラックと地元の寿司をハシゴする夢のプランもこの時刻では叶わず。
 コンビニメニューで我慢しつつ、岐阜・上宝村の道の駅で1時間仮眠を挟み、ボロボロになって帰ってきた。
 まさに試練と憧れ・・・というより北方稜線は試練だらけの山行だった。でもこの達成感は最高!(しばらく山は行かなくていいかも) 


(追記)
この記事については当初の投稿から一部削除修正しました。


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6 コメント

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動機と倫理 (juqcho)
2019-05-14 21:10:51
山に登るモチベーションとはどういうことか、そして、山に登る者としての倫理はいかにあるべきか。

いろいろ考えさせられる記録でした。

とにかくお疲れさまでした。傷んだところを一日も早く修復してください。
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Unknown (けい)
2019-05-22 22:23:45
ご無沙汰しています。
すごい記録を読ませていただきました。

先週山スキーで毛勝山へ登ったばかりだったのですが
その毛勝から見る剣も遥か彼方に見えてました。

8日間の奮闘ぶりを読んで、私も来年こそはラッセル
で雪にまみれる山登りをしなくては!と決意した
次第です。

また機会があればご一緒させてください。
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Unknown (Unknown)
2019-05-22 23:45:45
いろいろお手数をおかけしました。装備に関する追記不用の件、理解しました。今後も素晴らしい山行記を拝見できることを楽しみにしています。この度は失礼しました。
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Unknown (現場監督)
2019-05-26 22:05:57
けいさん、ごぶさたしてます。
毛勝山行ったんですね。残念ながら我々は毛勝山通過の時は悪天でそこからの剱はお目にかかれませんでした。けいさんの方も変わらず山を楽しんでいられるようで何よりです。(^^)v

Unknown、今回はご要望に応えられないこと、ご容赦ください。参考までに今回の剱で使用したザックは私が60L、相方が45L。二人とも重量はMaxで20kg程度ではないでしょうか。装備、食料とも特に切り詰めて軽量化はしていませんし、何かが不足していたとかひもじい思いもしていません。私が思うに冬の八ヶ岳などで何で皆さんあんなに大荷物なのか不思議。相方は私と山に行くようになってから1~2回りザックが小さくなったと言います。(笑)
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Unknown (ぴょん太郎)
2019-06-13 12:25:00
現場監督さんこんにちは。昨日帰国しました...
いやーまるでロールプレイングゲームのような展開に手に汗を握りハラハラドキドキました。素晴らしいです。登山というのを通り越えまるで映画やドラマのようでした。
本当にこういう山岳行させたら現場監督さんの右に出るものはいないですよね。僕が現場監督さんに惹かれて尊敬しているのはこういう部分が強いからです。
いやー僕も是非お供させて頂きたかったです。(もう少しクライミング要素が少ないところ...)
しかし、ヒロイさんもとてもお強いし、日々成長されていて凄いです。
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Congraturations! (現場監督)
2019-06-13 23:35:09
ぴょん太郎さん、お帰りなさい。
単独でのデナリ登頂&山頂からのスキー滑降、おめでとうございます!つーか、6,000m付近で一人でビバークなんて、とても真似できません。こちらの方が尊敬しちゃいますよ。
指がちょっと心配ですが、とにかく今はゆっくり休んでください。そして落ち着いたらそちらの記録もぜひ拝見したいです。
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