新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

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いちゃればきょーでー キンピーどんと88年問題

2011年12月08日 | 政治・経済・労働組合
 こんなツイートを見かけた。

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 だめ連も素人の乱も“88年”の延長であり、そろそろ次の世代によって乗り越えられるべきである。閉塞状況を“個人芸”で突破するというサブカル路線、面白主義、奇をてらってナンボ主義はもう破綻しつつある。20年それでやってきた私が云ってるのだから確かである。
 外山恒一
http://p.tl/AHax
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 最後には失礼ながら笑ってしまった。外山くんはおもしろいね。
 党派時代、全共闘世代の幹部が、こうぼやいていたのがなつかしい。

 「昔の左翼には、問題意識のあるヤツが集まってきた。今は問題のあるヤツしか寄ってこないんだよなー」

 悪かったな!

 88年組は1988年をアラツーで通過した、現アラフォー世代の意味だろう。
 外山くんも、今回圧勝した橋下徹も、負け続けの私も、そのグループに入る。素人の乱・松本哉くんは1974年生まれ。われわれよりは若い。

 キンピーどんとはドリフの話で盛り上がったりしたから、小学校は重なるくらいの年齢差かな。

 あれ、有名なネットアイドル、キンピーさんをご存じない? こちらをどうぞ。

 http://kinpy.web.fc2.com/


 さて、キンピーどんは、当ブログの常連さんに、こんなコメントを返しておられた。

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 「民主団体は自由に発展させるべきだ(規約どおり)」と訴えて排除されましたが、それって民衆と党の橋渡しの意味もあったんやけど、民衆を抱え込みたい党派意識からすればそれはノイズでしかなかったということですわ。
 っで、今はもうそういう事態やのうて、もっとラディカルに行動せんとイカンのかなぁと。
 そういう動きの助けとなることを祈って、党派に属している人にはこう言うてま。

 アホと戦うのではなく「アホは放置せよ」と。
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 この問題意識は、外山くんの提起と重なるように思われた。

 もちろん、民主団体を除名された後も、地域住民の相談に乗り、党派の人たちに適切な助言を与え、コツコツ九条グッズを作って宣伝にいそしむ活動家の鑑のキンピーどんと、自称ファシストの外山くんを一緒にするわけはいかない。

 しかし、そんなキンピーどんさえ、「党と民衆」を橋渡しするためには、「ノイズ」に徹して「閉塞状況を個人芸で突破」するしかなかった。

 キンピーどんの査問の記録は実に痛快である。「サブカル路線、面白主義、奇をてらってナンボ主義」の一団によって、ネットアイドルに祭り上げられてしまったのも、この人間的魅力だろう。例の一団は知らない仲でもないし、このネット祭りを否定するわけではない。東京の某所には、自民党代議士を名乗るニセくろまっくも出没したらしい。

 共産党中央がどんなにがんばろうと、もはや党員を外部の民衆からシャットアウトすることはできないのだ。脱原発運動での方針転換、大阪市長選での統一戦線の取り組みにも、このお祭りも、多少は貢献しているだろう。

 しかし閉塞状況を突破するためには、「個人芸」ではもう立ちゆかないんだね。

 だって、「サブカル」「面白主義」「奇をてらってナンボ」に徹した〈88年組〉の最高最大の勝利者は、橋下徹その人だったのだから。

 80年代のディベートブームの頃からだろうか。知性の鋭さは、他人を絶句させ、あるいは理解し判断する心を奪う技術だと錯誤されるようになってしまった。

 〈88年〉は、連帯を求めて孤立を恐れず自壊していった〈68年〉の劣化コピー版にすぎなかった、と総括せざるをえない。外山くんが「乗り越えろ」と扇動する、左右の反制度運動のカードルたる〈88年組〉を見てみよう。オヤジになっても厨二病な妄想を、ドヤ顔で展開する人たちばかりではないか。こいつらは、たんなる公害問題・騒音問題・ストーカー問題にすぎない。

 私はいま沖縄訪米団を、草葉の陰から応援している。

 沖縄の強さはどこにあるのだろう? 米軍基地や米兵の暴行、日米政府に対する怒りだけではない。怒りだけでは闘争は継続しない。憎しみだけならテロになる。

 それは沖縄の歴史と文化に培われた、人民の絆の強さだと思う。たとえば、県民の過半数が、伝統的な模合(ムエー)・寄合(ユレー)といわれる相互扶助システに加わっている。

 「いちゃればきょーでー」(一度会えば兄弟)
 「なんくるないさ?」(だいじょうぶ、なんとなるよ?)
 
 何かと評判の悪い辻元清美ちゃんだ。しかし、「居場所と出番と絆のある社会をというスローガンはとてもいい。

 外山くんのBar、松本くんのリサイクルショップ、キンピーどんの本革オーダーメイド九条グッズ、便乗して弱小ながら大手寡占とたたかうわが労組も、みんなの「居場所」「出番」「絆」を提供することが身上だ。

 どれもお天道様がカンカン照りになれば、すぐに蒸発してしまいかねない、か細く小さな流れかもしれない。しかし、しぶとく生き残り、巨万の人民の海に合流を勝ち取るであろう。

 政治経済の崩壊プロセスに自らの運命をゆだねることなく、民衆自らの手で平和・自由・民主主義を切り開いていくこと。合言葉は、いちゃればきょーでー、なんくるないさ? このことばは、沖縄から私たちへ、そして未来への大切な贈り物である。

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2 コメント

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Unknown (kuro-mac@osaka)
2011-12-08 18:16:12
 地域の子どもたちの祭り囃子もそうですね。

 よその板に書いたんですが、脳科学によれば人間の三大本能は「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」だと。進化の過程でそうなってきたらしいですね。

 もちろん「あの人(たち)と仲間になれない」という問題はいつまでも付いて回ります。そこは「お互いちがう」「許そう、しかし忘れまい」を原則に棲み分けていくしかないですね。
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Unknown (キンピー)
2011-12-08 19:52:00
アイドルに必要な要素であるアホっぽさを持っていながら、いまだにブレークしない男を紹介していただいてありがとうございます(笑

っで、ぐっちゃぐちゃの現実の中にも沖縄の相互扶助システムのようなものが各地域にあって(ぶっ潰された所は新たに作り上げるしかない)、それは“まともな”保守思想側からみても確かなモノだと思うんですよ。
どこから湧いてきたのか分からない理屈を人民に押し付けるのではなく、基本的にそういう確かなモノに依拠して“人民の流儀”“我々の流儀”を押し出す活動をしていかないと社会を変えることなんてできないんじゃないかと思います。
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