退院してから、カロリー制限と塩分制限で、しばらく外食を控えてきた。
ここ数ヶ月の主なメニューは、バルサミコ・チキンサラダ、トマトと豆のスープ、十六穀米のルーチンである。
トマトスープといっても、夏は火を使うだけで暑苦しい。トマトジュースに、缶詰のミックスビーンズとフライドオニオンとカレー粉をぶちこんだだけだ。でも、十分美味しい。
「バルサミコ・チキンサラダ」も、おしゃれっぽく聞こえるけれど、カット野菜にサラダ用チキンを載せて、業務用のバルサミコ酢とオリーブオイルを振りかけただけである。
バルサミコ酢は真っ黒で、見た目は完全に醤油。百均で買ったスプレーに入れて持ち歩いている。会議でお寿司が出たときなどにちょうどいい。「塩分控えめなんですね」と周囲の人は同情してくれる。「いえ、塩分ゼロですよ」と、匂いを嗅いでもらうと、「お酢ですか」と驚かれる。寿司飯にも塩分がたっぷり入っているから、醤油を使わないくらいでちょうどいいのだ。
見切り品のお刺身で、海鮮丼にすることもある。このときも醤油は使わず、バルサミコ酢、えごま油、わさびで、和風カルパッチョもどきにする。
さて、「食欲の秋」到来だ。春の季語に「山笑う」というのがある。「めし笑う」という秋の季語があってもいいのではないだろうか。貧しいなりに一日三度の食事をたのしんでいると、『麗子像』の岸田劉生の若い頃の日記の一節を思い出すことがある。
「今日は質素なひるめしを食べた。何を食べたかを書きつけておけば、ヤキチクワとノリとムキエビと少しのジャガイモ、しかし大変おいしかつた。かういふ食事をするのは、何となく可愛い感じがする。食物に愛が出て居る感じがするのでうまいのだ。食物が小さくほほ笑みながら、あなたは今貧しい。けれども、あなたは不幸ではない。あなたもにこにこして居ますね、おいしいでせう、と云って居る様な感じだ」
引用文は、足立和浩『笑いのレクチュール』より。ニーチェもいうように、すべての良きものは笑う。