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(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(3)

2012-03-23 | 大阪「教育基本条例」

(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(3)

[講演録](その三)教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~よりの抜粋

第一部 渡部謙一さん講演(3)
(元都立学校校長、「東京の教育を考える校長・教頭経験者の会」、『東京の「教育改革」は何をもたらしたか』著者)

 校長を信用しないのは、校長は元々教師だから教師の立場に立つということです。だから「改革」するためには教育に通じた者じゃ「改革」はできない。全く教育の素人をもってこなければ「改革」はできない。素人だから勝手に机上で「改革」する。

 最後にいう「日の丸」「君が代」問題なんか典型です。私が大阪を心配するのは、大阪が、府でも市でも校長に職務命令を出した。職務命令を出しただけだったら問題ないんです。東京だってその前からあったんですよ。しかし、それだけだったらそれは校長の判断ですから、出さない校長がほとんど。立たない教師がいた。いても報告するのは校長の判断だった。私なんか絶対報告しませんから。別に式が妨害されたわけでもなんでもない、何の影響もないんだから、そのことを報告する必要も何にもない。それですんじゃうんですよ。そこが問題なんではない。

 東京の職務命令はそうではない。卒業式・入学式における校長の職務命令は、単に起立斉唱を命じたんではないんだということですね。一人一人、朝何時に登校したらこうこうこういうふうにやれと。特に音楽の教師なんか、ピアノ楽譜を変えちゃいかんとか、この楽譜を渡してそのまま弾けとか、そういうことなんです。会場の作り方も平幕の卒業式なんか認めませんよ。壇上ですよ。肢体不自由児学校でさえ生徒を壇上に階段で上がらせるんですよ。そして国旗に正対するように席を設ける。来賓席とか職員席とか、生徒の横に作りますよね。それは駄目。ハスに椅子を並べて国旗に正対する。椅子の後ろにわら半紙を貼ってそこに番号を全部1から振る。校長から。座席表、氏名、それを事前に都教委に提出する。

 そして都教委から複数が監視に来る。それはさっき言ったように校長を信用しないから。校長は報告しないから。職務命令っていうのは、なぜ強制力を持つか。職務命令そのものが強制力を持っているわけではない。懲戒処分が強制力を持っているわけです。だから職務命令を出したって、懲戒処分に至らなければいいわけです。

 大阪でそれが出たら、次の段階にはそれを処分に至らせる実効を持たせるために、それを徹底的に点検する。何月何日誰に職務命令を出したのか全部控えているんですよ。それを受け取ったか、どういう反応をしたか、それが最終、裁判の確認の時に必要になる。簡単ですよ、教育委員会ってのは。S先生というのに出しましたね、、卒業式当日、S先生は起立しませんでしたね。卒業式当日、都教委派遣の誰々が確認してます。それが事実に違いありませんか。「その通りです。」それだけでいいんです。思想信条の自由もへったくれもないんです。裁判の中で反論なんかしませんよ。そうしたらそれだけでそれは処分の立件になるわけです。それをしなくちゃならない。職務命令を出すから。そうなる。

 大阪で職務命令を出しても、どんどん条例で何しようと、校長がそれを報告しないというような事態じゃ処分できないわけですから。すると細部にわたって東京のようにされていくわけですね。
 もっと馬鹿馬鹿しい話がありますよ。幼児教育についての条例を作りました、東京都は。そしてその幼児教育のをですね、くだらないことを忠実にやる区長がいてですね。ここに書いてありますが、午睡をやめたんです。午後の睡眠をしてはいけない。活動が鈍るから。そしてそのためにはおやつをやってはいけない。眠くなるから(笑)。そんな…。私が聞いたときにはもう呆れ返りましたよ。
 それどころじゃないんですよ。そういう条例作ってやらせたら、東京では突然の監査が入るんですよ。子どもが眠ってないかどうか。そういうものなんです。

 私は大阪の教育基本条例を読んで、一番驚いたのは、最後の48条でした。「この基本条例が最高法規である」と書いてある。まあ石原と同じで、何様だと思ってるんだ。憲法も教育基本法もないわけで、おれが憲法だというふうに言ってるわけですから。そんな独裁者…。その言葉に本当に驚いたんですが、同じですね。憲法・教育基本法・子どもの権利条約を否定していくということに。それはもう教育目標にもありますね。人材育成、人格形成じゃなくて人材育成をしていく。

 教育基本条例で2番目に驚いたのは、ページ数で数えて3分の2ぐらいが処分のことだということです。あんな条例があるのかと思ったんです。とにかく、少数者排除条例、異論排除条例。民主主義ってのは、日本国憲法というのは異なる意見をそれぞれ尊重していくという精神に基づいているのだと最高裁の判決の中でもうたっているんですが、それを認めない。
 
 ある校長の「管理するとはあきらめさせること」だという名言があるわけですが、だんだんそうなってきている。東京なんか、みんなものを言わなくなってきている。あきらめさせることが一つの大きなねらいなんですね。だとするならば、私たちはあきらめてはいけないんです。
 声を上げ続ける。教育の言葉を語り続ける。教育の言葉を奪ってきた過程なんだからほんとうに学校の中に教育の言葉をあふれさせ続けること、私は学校作りの中で、そのことを一番眼中においてやってきました。

 先生方は基本的にまじめです。これだけの中で東京でも大阪でも教育ががらっと悪くなんかなっていないのは、先生達が頑張っているからであって、先生達がまじめだからです。そこに依拠しない教育改革なんてあり得ないわけです。今の教育改革は先生を悪者にしていじめれば教育がよくなるんだろうと思っている。そんなわけないじゃないですか。日々格闘しているのは先生達なんですから。

 今の改革の都教委や石原達の最大の弱点は、「こんなふうに変えれば子ども達はもっと生き生きしますよ。そのために先生達を生き生きとさせれば教育はこんなふうによくなりますよ」という希望や夢は絶対語らない。語れないんですよ。そこに最大の弱点がある。それが私がさっき言った彼らの危機の表れだと思います。だとすれば私たちはあきらめないで、教育の道理を、教育の言葉を学校にあふれさせていくということが大事なんじゃないか。

(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(1)

(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(2)

(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(3)

(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(4)

(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(5)

(2.26講演録抜粋)「教育基本条例は何をもたらすか ~東京と大阪の教育現場から~」(6)

 (ハンマー)


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