空飛ぶ自由人・2

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小説『K+ICO』

2024年03月14日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

題名は、「イー プラス イコ」と読む。

主人公は二人。
一人はウーバーイーツの配達員をしている(イニシャル)。
大学生だが、授業や居酒屋でのバイトの合間に
ウーバーイーツの配達員となり、
やがて、授業はあまり出ず、バイトもやめ、
今では暇さえあれば配達員をしている。
配達しながら、オーディオブックをイヤホンで聴き、
主にフランツ・カフカの小説の朗読を好んでいる。
「K」はカフカの「城」の主人公の名前と同じ。
その“読書”は、「城」から「審判」、「失踪者」へと進んでいく。

もう一人の主人公は女子大生のICO
TikTokerで、十分な収入を得ている。
そろそろ引き時と思い、
大学の同級生の“もう一人のICO”に
TikTokを継承させようとしている。
ICOは内心でウーバーイーツ配達員を見下している
ウーバーイーツ配達員のくせに、と。

本書は、KとICOの5回の出会いを描く。

1度目、KはICOの下駄箱の上に、
昼頼んだと思われるタイ料理の配達物が
開けもせずに放置されているのに視線を走らせ、
ICOの中に苛立ちとして残る。

2度目、ICOはKの前で毒づき、泣きわめく。
ようやくおさまって「ごめんなさい」と言うと、
Kは「何を、謝っているの?」と問い、
「僕を下に見て馬鹿にしていること?」と重ね、
「別に気にすることないよ。
 そういう人は一定数いますから。
 僕はもう慣れているし、
 そういうのが的外れだということを知っているんで」
と言って、去る。

3度目はその直後、
ICOは駅へ向かう途中、
公園で注文の連絡を待ってたむろす
ウーバーイーツ配達員の中にKを発見する。
ICOがあなたは末端だ、と言うと、
Kは「そういうこっちゃない。
俺は使われているわけじゃない。
使っているわけでもない。
ただ、今あるようにあるだけなんだ」
と返す。

4度目は、かなりの年月が経ち、
引っ越したICOの前に、
今度はウォルトの配達員に姿を変えたKがやって来る。

ウォルト・・・フィンランド発祥のフードデリバリー企業。

5度目は、Kに会うために、
ウォルトで注文を出し続けたICOの前に、
最後の配達員としてKが現れる。
「私は、まともになりたい」
と言うICOに対して、
Kは「なれるよ」と断言する。
Kは配達員から足を洗うといい、
ICOに望まれて、ウォルトの帽子を譲る。

この話に、
期待した優秀な人間になれそうもないと
母親から見放された小学生の(小文字)とKの接触、
母親の夫への過失傷害への救済、
ICOの恋人の差別主義者の男、
“もう一人のICO”の事故などが挟まる。
更に、団塊の世代が日本を駄目にしたと、
復讐を目論む“ラスコーリニコフ”たちのことにも触れる。

Kの造形が魅力的で、
自分の配達区域の地理に精通し、
誰よりも早く配達先に到着するスキルを身につける。
果てはフードデリバリーの本場、
アメリカのマイアミに単身渡り、
その担当地域でも成績を上げる。
帰国後、ウォルトの配達員委となったKは、
配達区域を変えながら、
どこでも精通し、スキルを高めていく。
彼なら、どんな業種に入っても成功するだろうと思わせる。

ウーバーイーツ配達員とTikTokerという、
最近生まれた新職業の男女を通じ、
巨大な「システム」の中で生きる
現代人の孤独を描く、
なかなかの作品。

芥川賞作家・上田岳弘
「文學界」に不定期に掲載した連作短編4品を
一つの中篇に仕立てたもの。
おそらく映画化されるだろう。