空飛ぶ自由人・2

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METオペラ「チャンピオン」

2024年07月26日 23時00分00秒 | オペラ関係

[オペラ紹介]

METライブビューイングの上映作品は、
WOWOWが熱心に配信してくれるので、
1年ほど待てば、家のソファーに座って、
ヘッドホンのいい音で鑑賞することができる。
これもこの1本。
2022- 23シーズンの上映作品で、
2023年6月16日から22日までの1週間上映。
舞台の上でボクシングをするというので、
どんなことをしているのか興味があったが、
うっかりしている間に上映が終了していた。

題材は、実在の黒人プロボクサー、
エミール・グリフィス(1938 -2013)。
アメリカ領ヴァージン諸島のセント・トーマス島出身。
世界2階級(ウェルター級、ミドル級)制覇王者で、
総試合数は112、
勝ち85(うちKO勝ちは23)、
敗け24、引き分け2、無効試合1
というから相当な強者(つわもの)だ。

島から出て来て、帽子職人だったエミールは、
ちょっとした行き違いからボクサーの道に進む。
1958年デビューし、
じきにウォルルター級チャンピオンになるが、
その時対戦したベニー・パレットとの試合(実際は3回目の試合)で、
ベニーをKOし、ベニーはリング上で昏睡状態となったまま病院に搬送されるも、
意識が戻ることなく、10日後に死去した。


エミールは病院に見舞に訪れるが、
親族から面会を拒否され、
エミールの心の中に原罪意識が埋め込まれる。
(この試合を放送したABCは、
 ボクシング放送から撤退を決め、
 他の地上波放送局も後に続いた。
 地上波テレビ局がボクシングの中継を再開するのは1970       年代になる)


最後の頃は負けが混み、1977年引退。
引退後はニュージャージー州の少年鑑別所の看守として働いていた。
晩年、自分が同性愛者であることを告白。
1992年、ニューヨーク市のゲイ・ バーを出てきたところを
暴漢に襲われ瀕死の重傷を負う。
2013年7月23日、
ニューヨーク州内の介護施設で死去
全面介護が必要なほど重度の認知症を患っていた。
75歳没。

という生涯を
介護施設の1室のベッドに座る
エミールの回想の形で進む。
舞台上方にエミールの部屋が置かれ、
そこから下の舞台で展開される回想を見下ろす形の演出。
時には、子ども時代のエミールが登場し、
それを老人のエミールと青年のエミールが共に見るという凝った場面も。
エミールの部屋に、亡くなったベニーの亡霊も現れ、
エミールは、ベニーと介護師の区別も分からず混乱する。

このように、リング禍で40年以上エミールは罪悪感にさいなまれていたが、
最後にエミールはベニーの息子に会い、抱きしめられ許しを得たことで
長年の罪悪感から解放された。
(しかしベニー夫人からは面会を拒否され続け死ぬまでかなわなかった。) 

最後、登場人物全員がエミールの背後に現れ、
罪の許しと癒しが交わされるラストは感動的。
現代オペラの作品として、
初めて胸打たれ、感動した。

台本はピューリッツァー賞受賞者の劇作家マイク・クリストファー、(さすが)
作曲はジャズ演奏者のテレンス・ブランチャード
題名上に「オペラ・イン・ジャズ」と書かれている。
オーケストラピットにジャズ演奏者も入っていたという。
老年のエミールをエリック・オーウェンズが哀愁をもって演じ、
青年のエミールをライアン・スピード・グリーンが演ずる。
子ども時代のエミールを演ずるイーサン・ジョセフ・エミールは、
まさか歌うまい、と思っていたら、
すごい美声で、観客を驚かせた。
指揮はヤニック・ネゼ=セガン
演出はジェイムズ・ロビンソン
振付はカミーユ・A・ブラウンで、
素晴らしい舞台を作り上げる。

ボクシングシーンは、本気で殴り合うのではなく、
振り付けされている。


それでも、音楽と相まって、迫力ある場面。
対戦する二人のオペラ歌手は、
本物のボクサーではないかと思うほど、
筋肉隆々の引き締まった姿を見せる。
役に合わせて、肉体改造したのだという。


オペラ『デッドマン・ウォーキング』

2023年12月13日 23時00分00秒 | オペラ関係

今日は、午前中から、東銀座のここ↓へ。

METライブビューイング
ジェイク・ヘギー作曲の「デッドマン・ウォーキング」。

「デッドマン・ウォーキング」とは
死刑囚が死刑台に向かう際、
看守が呼ぶ言葉。
「死人が歩くぞ」。
この説明でも分かるとおり、
死刑囚の話。

ルイジアナ州の貧困地区の子どもたちの施設で働く尼僧のシスター・ヘレンは、
手紙で交流のあった死刑囚のジョゼフ・デ・ロシュを訪問する。
ジョゼフは、10代の恋人同士を夜の林で殺し、強姦した男。
ところが共犯者の兄貴分は敏腕の弁護士がついて終身刑、
ジョゼフは金がなくて国選弁護士がついたために死刑判決。
不公平だと無罪を主張するが認められず、死刑の執行が近づく。
恩赦委員会では、被害者家族にヘレンは強く非難される。

ジョゼフの母親や弟たちにも寄り添う。


ヘレンはジョゼフの精神カウンセラーとなり、
その死を見届けることに。
ヘレンの願いは、
罪を認めて赦しを請うこと。
それによって、初めて魂の平安が得られるからだ。


死刑当日。知事への嘆願も却下され、
死が決まったジョゼフを勇気づけるヘレン。
最後の面会でジョゼフはヘレンに殺人の事実を初めて認め、告白する。


そして、処刑の時のジョゼフの最後の言葉は、
被害者の遺族への謝罪の言葉だった・・・

修道女ヘレン・プレジャン↓のノン・フィクションが原作。


1995年には俳優のティム・ロビンス監督で映画化された。


ヘレン役はティムの妻、スーザン・サランドン。
アカデミー賞の主演女優賞を受けた。
死刑囚役のショーン・ペンは主演男優賞にノミネートされたが、
受賞は逃した。
(「リービング・ラスベガス」のニコラス・ケイジが受賞)
ベルリン国際映画祭で男優賞を受賞。

同映画を、私はアメリカで鑑賞。
もちろん日本でも観た。
本オペラ鑑賞前にも再見。

死刑制度の是非と、
被害者家族と加害者家族との葛藤を描くこの作品をオペラにするとは。
どんなオペラになっているんだろう、
という関心で観た。

原作があってのオペラ化だから、映画のオペラ化ではないが、
大体映画に寄り添った展開。
ただ、死刑囚の名前は変更されている。
映像を駆使し、舞台装置が見事で
天才的な演出。


映画では、金網越しの対話になるところを舞台的に処理。
時には、カメラマンが舞台に登場して、
大写しの映像を見せる。
ストーリーの引き写しでなく、
音楽的に見事にオペラ化しているのに、
すっかり感心した。
特に、恩赦委員会の場面で、
犯人家族、被害者家族のそれぞれの言い分に翻弄されるヘレンの姿。
それぞれの主張が歌声という感情の伴うもので表現され、
めくるめく感動を与える。


そして、最後のジョゼフの告白。
セリフでなく、歌での表現。
魂の放つ声。
胸を撃つ。

全体的に映画より宗教色が強く感じた。

とにかく、METの歌手の演技力には感服する。
ヘレン役のジョイス・ディドナート
ジョゼフ役のライアン・マキニー
それにジョゼフの母役のスーザン・グラハム
主役に加え、
被害者家族の4人、
ヘレンの上司など、みんな歌唱も演技もうまいことうまいこと。

2000年にサンフランシスコで初演。
この時はスーザン・グラハムがヘレンを演じた。
METでは23年目にして初の初演となる。
指揮はヤニック・ネゼ=セガン

12月14日まで松竹系劇場で上映中。
東劇のみ21日まで上映。

本作でMETライブビューイング2023ー2024シーズン開幕
ラインナップ9作は、下記のとおり。
 
ジェイク・ヘギー「デッドマン・ウォーキング」(MET初演)
 
アンソニー・デイヴィス「マルコムX」(MET初演)

ダニエル・カターン「アマゾンのフロレンシア」(MET初演)

ヴェルディ「ナブッコ」

ビゼー「カルメン」(新演出)

ヴェルディ「運命の力」(新演出)

グノー「ロメオとジュリエット」

プッチーニ「つばめ」

プッチーニ「蝶々夫人」
                                            MET初演が3本、
新演出が2本。

一方、ヴェルディが2本、プーチーニが2本。

 


METライブビューイング「魔笛」

2023年07月15日 23時00分00秒 | オペラ関係

昨日、午後から東銀座に出かけ、↓ここへ。

毎度おなじみ、METライブビューイング

今期最後の演目は、
モーツァルト「魔笛」

何を隠そう、
17年前、METライブビューイング、
最初の作品は、
「魔笛」だったのです。

2006年12月30日、場所は歌舞伎座
歌舞伎座とオペラという、
取り合わせが話題を呼びました。
もちろん、私は観ています。
ただ、その時の「魔笛」は、
「ライオン・キング」の演出家ジュリー・テイモアの演出で、
英語版。しかも、短縮版
(今回再見したら、あまりよくなかった)

今度のは、17年ぶりの新プロダクション。

「魔笛」は、「トゥーランドット」の次に好きなオペラなので、
これは、観なければ、と出かけた次第。

「魔笛」は、
モーツァルトが1791年、
生涯最後に完成させたオペラ
従来のイタリア語ではなく、ドイツ語で書かれ、
歌の間にセリフが入るジングシュピール(歌芝居)。
しかも、王室ではなく、
町の劇場で上演された、庶民向けの冒険物語。
興行主・俳優・歌手のエマヌエル・シカネーダー一座のために書いたものです。

その232年も前の作品
今だに上演されるのですから、
作曲家というのは、幸福な職業です。

ただ、全世界でやり尽くされた感のあるものなので、
奇抜な、というか、ヘンな演出がされがちです。

今回もイギリスの俳優で演出家のサイモン・マクバーニーによるプロダクションは、
ちょっと妙な演出をしているらしい。
それは覚悟して、モーツァルトの音楽を聴くという姿勢で出かけました。
演出家といえども、音楽だけは変えられませんからね。

まず、オーケストラピットの床を高くして、
オケが観客席から見える形に。
モーツァルトの時代はそうだった、
ということらしい。
黒板にチョークで書く文字をプロジェクターで投映したり、
影絵を使ったり、
効果音を出す人を舞台に上げて、その操作するところを見せ、
紙をひらひらさせて、鳥を表現したりする。


舞台には巨大な一枚板が置かれ、それが上下し、
時には滑り台のように人が落ちる。


衣裳は現代服
3人の侍女は迷彩服を着ています。
ザラストロや弁者やモノスタトスは、スーツにネクタイ。
夜の女王に至っては、老婆のメイクで車椅子で登場。
3人の童子は、あばら骨が浮き出て、髪もぽよぽよの亡者のような出で立ち。


何ででしょうね。
夜の女王がパミーナに渡す「ナイフ」は、台所包丁↓。


何ででしょうね。
そして、試練の場で、タミーノとパミーナは、宙乗りを展開。

でも、観客には受けていました。
初演の時も、観客が喜ぶいいろいろな仕掛けをしたらしいから、
まあ、いいでしょう。

歌手陣は、さすがメトで、素晴らしい歌唱を聞かせます。
やはり、「夜の女王」の第2アリアは聴かせました。
ただ、タミーノは、どう見ても役柄ではない体型で、
歌はいいけど、視覚的に受け入れにくい。


だって、出川○朗が美男子の役をやったら、
やっぱりおかしいでしょう?
なお、合唱は、いつものハイレベル。
これは合唱指導の功績。

魔法の笛は、タミーノは吹かず、
オケのフルート奏者が演奏。
魔法の鈴の音色は、鍵盤式のグロッケンシュピールで、
これもオケが担当。
オケが奏でるのは、まあ普通ですが、
少なくとも役の人は楽器を吹く(叩く)ふりをする。
しかし、今度の場合、そうでないことを、あっさり見せる。
何だかなあ。

と、不満は数々あれども、
やはり、モーツァルトの音楽は素晴らしい
次々と繰り出される、美しいメロディーに心が震える。
人類は、こんなに素晴らしい音楽を生み出すことが出来たんだ、
と感動の涙。

今期(2022~2023)のMETライブビューイングは、本作で終わり。

来期のスケジュールが発表されていました。

ジェイク・ヘギー「デッドマン・ウォーキング」 MET初演
アンソニー・デイヴィス「マルコムX」 MET初演
ダニエル・カターン「アマゾンのフロレンシア」 MET初演
ヴェルディ「ナブッコ」
ビゼー「カルメン」 新演出
ヴェルディ「運命の力」 新演出
グノー「ロメオとジュリエット」
プッチーニ「つばめ」
プッチーニ「蝶々夫人」

3つのMET初演に、2つの新演出。
えっ、「デッドマン・ウォーキング」がオペラに? 

1995年の映画ですが、
殺人犯の死刑囚と修道女の交流を通じて、
魂の救済を描く、この作品。
ティム・ロビンスの監督で、
スーザン・サランドンがアカデミー賞主演女優賞を、
ショーン・ペンがベルリン国際映画祭で主演男優賞を受賞したもの。
どんなオペラになっているのでしょうか。