[オペラ紹介]
METライブビューイングの上映作品は、
WOWOWが熱心に配信してくれるので、
1年ほど待てば、家のソファーに座って、
ヘッドホンのいい音で鑑賞することができる。
これもこの1本。
2022- 23シーズンの上映作品で、
2023年6月16日から22日までの1週間上映。
舞台の上でボクシングをするというので、
どんなことをしているのか興味があったが、
うっかりしている間に上映が終了していた。
題材は、実在の黒人プロボクサー、
エミール・グリフィス(1938 -2013)。
アメリカ領ヴァージン諸島のセント・トーマス島出身。
世界2階級(ウェルター級、ミドル級)制覇王者で、
総試合数は112、
勝ち85(うちKO勝ちは23)、
敗け24、引き分け2、無効試合1
というから相当な強者(つわもの)だ。
島から出て来て、帽子職人だったエミールは、
ちょっとした行き違いからボクサーの道に進む。
1958年デビューし、
じきにウォルルター級チャンピオンになるが、
その時対戦したベニー・パレットとの試合(実際は3回目の試合)で、
ベニーをKOし、ベニーはリング上で昏睡状態となったまま病院に搬送されるも、
意識が戻ることなく、10日後に死去した。
エミールは病院に見舞に訪れるが、
親族から面会を拒否され、
エミールの心の中に原罪意識が埋め込まれる。
(この試合を放送したABCは、
ボクシング放送から撤退を決め、
他の地上波放送局も後に続いた。
地上波テレビ局がボクシングの中継を再開するのは1970 年代になる)
最後の頃は負けが混み、1977年引退。
引退後はニュージャージー州の少年鑑別所の看守として働いていた。
晩年、自分が同性愛者であることを告白。
1992年、ニューヨーク市のゲイ・ バーを出てきたところを
暴漢に襲われ瀕死の重傷を負う。
2013年7月23日、
ニューヨーク州内の介護施設で死去。
全面介護が必要なほど重度の認知症を患っていた。
75歳没。
という生涯を
介護施設の1室のベッドに座る
エミールの回想の形で進む。
舞台上方にエミールの部屋が置かれ、
そこから下の舞台で展開される回想を見下ろす形の演出。
時には、子ども時代のエミールが登場し、
それを老人のエミールと青年のエミールが共に見るという凝った場面も。
エミールの部屋に、亡くなったベニーの亡霊も現れ、
エミールは、ベニーと介護師の区別も分からず混乱する。
このように、リング禍で40年以上エミールは罪悪感にさいなまれていたが、
最後にエミールはベニーの息子に会い、抱きしめられ許しを得たことで
長年の罪悪感から解放された。
(しかしベニー夫人からは面会を拒否され続け死ぬまでかなわなかった。)
最後、登場人物全員がエミールの背後に現れ、
罪の許しと癒しが交わされるラストは感動的。
現代オペラの作品として、
初めて胸打たれ、感動した。
台本はピューリッツァー賞受賞者の劇作家マイク・クリストファー、(さすが)
作曲はジャズ演奏者のテレンス・ブランチャード。
題名上に「オペラ・イン・ジャズ」と書かれている。
オーケストラピットにジャズ演奏者も入っていたという。
老年のエミールをエリック・オーウェンズが哀愁をもって演じ、
青年のエミールをライアン・スピード・グリーンが演ずる。
子ども時代のエミールを演ずるイーサン・ジョセフ・エミールは、
まさか歌うまい、と思っていたら、
すごい美声で、観客を驚かせた。
指揮はヤニック・ネゼ=セガン、
演出はジェイムズ・ロビンソン、
振付はカミーユ・A・ブラウンで、
素晴らしい舞台を作り上げる。
ボクシングシーンは、本気で殴り合うのではなく、
振り付けされている。
それでも、音楽と相まって、迫力ある場面。
対戦する二人のオペラ歌手は、
本物のボクサーではないかと思うほど、
筋肉隆々の引き締まった姿を見せる。
役に合わせて、肉体改造したのだという。