
私が高校受験の頃、この天満宮に参拝する近隣中学校の生徒達が多くて、おったまげー!と思ったことがあった。
この天満宮、そんなに由緒正しき天満宮ではなく、こんな由緒書きだって近年できたモノ。
社殿も昔は倉庫みたいなほったて小屋だった。
ませガキの私は「あんな所まで行ってお祈りする時間があるなら、勉強していた方がまし」と思っていた。
不信心モノの神奈川県民の特性だとも言えるし、元々私は不信心モノ。
おかげで、子どもの時に1度くらいしか来たことがなかった。

参道。
境内と参道の途中には「川崎天満宮」の刻印がある石碑がたくさん。
ちなみに川崎市内で唯一の天満宮ではないらしいが、市内には天満宮が少ないようだ。

私が子どもの頃は、こんなに植栽もなく禿げた土手に寂しく祠があったのだが、久々に来てみると植栽がよく育っている。
境内の石碑が殆ど皇紀二千六百年という刻印があった。
こんな田舎町でも皇紀を意識した石碑があったのかと感じた。
この近くの町並みも昔の記憶も少し曖昧になっているが、静かな住宅街と、多摩丘陵独特の地形で楽しい。
普段の私は、多摩川が作り出した平地に住んでいるが、たまに多摩丘陵を歩くと楽しいなぁと。
ただ年を取ってから多摩丘陵に住むには、足腰が丈夫でないと難しいとも感じた。