
第二次大戦前ウクライナのソルカには6000人のユダヤ人がいたが、生き延びたのはたったの30人。ナチのポーランド侵攻、ユダヤ人への迫害に抗してユダヤ人家族と若いドイツの脱走兵を救う母と娘がいた。戦乱のなかの日常、それぞれの家族の絆の物語
ロシア軍が最初にやってきたときは、彼らは共産主義的文化に同化させようとする。それからポーランドの将校、インテリ、大地主、そして官僚だった者を逮捕し始める。
共産主義思想に脅威となるとみなされた者は誰もが処刑されるか労働収容所に送られるので、ポーランド人は震え上がっている。
ナチはロシア軍がポーランド人にやったように、ユダヤ人を迫害し始める。だけどドイツ軍のやり方は区別をしない。ユダヤ人は全員、金持ちも貧乏人も、同じように手ひどく扱う。自由を奪って、町にいたユダヤ人を一人残らずゲットーに押し込める。無作為にユダヤ人は選びだされて処刑されるが、そのことでユダヤ人の間で恐怖が生じる。
あたしは人間の残虐さなど見たくない。
人間同士なのにいったいどうしてそんなことができるんだろうか?
ドイツ人は金目のものは何でも取り上げる。無慈悲なやつらで、歯医者まで控えさせていて、金の詰め物をした歯をひっこ抜かせる。みんなが、残った持ち物を手許に置きたいと懇願し泣き叫んでいる。ドイツ人が労働者を欲しがっているのははっきりしている。熟練労働者を探して1人1人に面接をするからだ。僕は兵器工場の労働者を必要としている大企業に雇われる。
勤労手帖が他の面でも僕らの家族を生き延びさせる。
僕たちの周りのいたるところで、人々は日に日に痩せてゆく。通りをゆく人間たちの顔には絶望感が漂っている。僕らは誰の顔も見ないようにする。助けを求められるからだ。衛生状態がひどいし、人で溢れているので病気が蔓延する。ゲットーではネズミの方が人間より健康だ。
ゴールは死だが、ほとんどの者にとって、病気と飢えがレースをしている。
ある日のこと、ドイツ軍の将校がゲットーの中の広場に我々を集めて、レンガ工場で労働者が必要だと告げる。経験不問で、家族には食べ物が与えられるという。ここしばらくの間に聞いたうちでは一番良いニュースだ。
その日の夕方僕が家に戻ると、陽はもう落ちている。
トラックが戻ってくるのを待ってたくさんの人間が広場に集まる。
誰もひと言も口から出せないままに、時が経つ。
夜間外出禁止令を知らせるサイレンで「しじま」が破られる時には真っ暗だ。みんな家に戻らなければならない。そのとき絶望した女のしわがれたむせび泣きが聞こえる。苦悶と悲しみと絶望とからしか出てこない泣き声だ。
トラックは1台も戻ってこない。
僕の目から涙がこぼれる。それからすすり泣きが身体の奥から湧き上がり、止めようがない。膝がくずおれて地面に身体が沈む。誰かが僕の身体から手足をもいでしまったようだ。呼吸するのもやっとだ。僕のまわりの泣き声やヒステリーが背景音に思える。
あとになって初めて僕らは事実を知る。
「あんたはレンガ工場が何ヶ月も前に爆撃されたのを知らないのかい?あんたの弟さんやみんなは壁を背に並ばされて射殺されたよ。死体は壊れたレンガと一緒にまだそこにあるさ」
ママは僕とパパに、いずれポーランドを出てパレスチナに行くのだからちゃんと支度をしておかなくちゃと言う。ママは、僕らがいっしょにパレスチナにゆけて暮らしを立て直せると信じている。
18歳になった日に、軍隊は手を伸ばしてきて僕を引きずり込む。
初日からひどいものだ。訓練期間中の成績が悪かったので、僕は誰も行きたがらないところへ送られる。僕は、命令あり次第ロシアに移動する準備ができるようにポーランドに送られる。
ロシアに移動するのは怖い。
ソカルに移動すると僕はゲットーのパトロールを命ぜられる。心底やりたくない。
僕は逃走しようとする者は誰でも撃つように指示されているのだ。
自分がとんでもないペテン師の気がしてくる。
もしゲットーの人たちを逃がせるものならそうするのだが。
ある晩のこと、ゲットーの境界線の内側をパトロールしていると、たまたま有刺鉄線の下をくぐろうとしている男を見かける。そっぽを向くには遅すぎて、目を目が合ってしまう。
僕は想定訓練通りにライフルを肩から外そうとしたところで、やめてしまう。
彼がうまくいけばいいがと僕は思う。
まるでわけがわからない。
罪のないひとびとを迫害するのを、戦争の礎にすることなどできるのだろうか?
それから命令が下る。
我々はゲットーの全住民を強制収容所に移送することになる。
彼らはそこで処刑されるのだと僕は耳にする。
胸が悪くなるような話で、僕はそれに加担したくはない。
その日は人生でいちばん恐ろしい日だ。
どこもかしこも大混乱だ。
ほとんどの住民は精神的にはもう折れていて、「トラックに乗り込め!」という大声で浴びせられる命令にただ従うが、逃げようとする者もままいるし、隠れようとする者はさらに多い。
我々が受けてる命令は、逃走を図る者は誰でも撃つべしというものだ。
仲間の兵隊の一人が言う。
「そこにそいつらが隠れていつと思ったら、その建物の中に手榴弾を投げ込めばいいんだ」
指揮官は僕が姿を消したことに猛り狂い、大規模な捜索をする。
ドイツ軍が彼らから国を奪ったこの時世に、地元の人間がドイツ兵を匿うなどと指揮官の頭には浮かばない。
ある晩遅くにフランチシカが天井を3度叩くので、僕は下りてゆく。
「ドイツ軍があんたを探すのをやめるように、あんたに死んでもらわなければね」
彼女は一羽の鶏に同じナイフを振るい、血を制服にはね散らかせる。その晩のうちに、彼女は僕の服を川まで持ってゆき、投げ入れる。
僕の服が見つかると、誰もがロシア軍の仕業だと思い、捜索は終わる。