青空を見るなら Qメソッド

「どっちが楽?」
「う~ん・・・こっち!」
たったこれだけですべてが変わる。

やったー!じゃなくて 「フーッ」 っていう感じ

2014-06-05 | メンタルケアと 治療法の訓練


 ここの情報は、あくまでもこころとからだの健康についていいこと

に限って書いてあるので、決して「喜んじゃいけない」と言っているのでは

なので誤解しないで下さいね。


 でも、すごく「やったー!!」って喜ぶことは、凄く落ち込むのと同じような

ことだよ、と断言します。どっちも長く続けると苦しいでしょう。盛り上がるコンサート

の後でぐったり疲れたり、大げさに大喜びしているひとって、落ち込むのもとことん

いっちゃうでしょう。正反対だと思うと、中ぐらいの状態ってどんな?ちょうど良くなんて

できない。ほどほどってどのくらいのことなのかわからないでしょう。

 大丈夫な考え方があるんです。とても単純でスッキリします。非常識ですけどね。



    健康において 大喜び は がっくり落ち込むのと 同じ意味。



どっちも健康に良くないって事です。それならその正反対でいいから簡単です。


 「中庸を行く」「ほどほどに」「過ぎたるは及ばざるが如し」

こんなこと言ったって、どのくらいがちょうどいいのかわからないじゃない。

これらの言葉の答えは、Qメソッド的にいいますと、「フーッ」って感じなんです。

これが「中庸を行く」態度。簡単ですね。



◆心の抵抗が3秒で消える。
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                  「Qure!」

 楽しい自由時間はあっというまに過ぎた。 みんなバラバラと戻ってくる。ダーレン先生が待っていた。

 「さて、皆帰ってきたか?」
 「さて、出発前に言っておいたが、『気になるもの』を見つけた人はいるか」

 「はい!」

  マリアのグループから手が上がった。

 「何があった?」

 「置いてあった段ボール箱が気になって、開けてみたら子犬が三匹捨ててあったので、お店の人に預けてきました」

 「なるほど、よかったな」

 その他にもいくつか手が上がって、財布を拾ってインフォメーションに届けてきたとか、

気になる子供に声を掛けたら迷子になっていて、無事に両親と会えたとか。なかなかいい話が

いくつもあってそれではショッピングに夢中な間にどうして気づいたのかといえば。

 「多分、今自分のしていることを楽しみながら、他のことにも気づける余裕が出来たのだと思います」

 「そうか、それが聞きたかったのだ」
 
 いつの間にかツルカメ先生が帰ってきて言った。

 「森の中に居ても、至る所に必要な情報は落ちていて皆の利用を待っている。

          それに気づけるようになれば、どこにいても大丈夫なんじゃ」

 「もうちょっと、なにかあるような気がするんじゃが」

 「ツルカメ先生、それでは時間なので、船に戻ります」

 皆、バスに乗った、五分ほど立ってから、たんぽぽがユウヤにヒソヒソ話しかけてくる。

 「やっぱり気になるにゃ」

 「今から何言ってんだ! それなら出発前に言わないと。もう遅いぞ」

 「でも、にゃあ、やっぱりニャああ」

 ユウヤは、この優柔不断とも思えるたんぽぽに腹が立った。タイミングがはずれていまさらなんだ。

でもユウヤはこの不機嫌さをずっと持ち続けるのがイヤだった。

 「Quar!」

 すると、いつも唱えていたときと同じに「スーッ」と気分の悪さがなくなってゆく。

とたんに、冷静な判断力が戻ってきた。


 「たんぽぽ、おまえ気になるものがあったんだよな!」



 

暗いテントの出口はこっち

2014-06-03 | メンタルケアと 治療法の訓練


 子供の僕はとことん心を病んでいた。脳腫瘍の診断で外科手術の日程まで決まっていた。

そんな中で、例えれば絶望の遮光テントの中から見回しても出口がどこにも

みえない。中から出てきたあと、明るい世界の真ん中にテントがあったことに気づける。

 でも、会社で八方ふさがりの時、将来を思うとへなへなと座り込むような時、

ドアを開けて外に出ようとしても恐怖で足がすくむとき。僕が住んでいたのと同じ

テントの中にいるんだと思う。

 さあ、どこかに出口を見つけなきゃ困るけど、状況を変えないと感情が楽にならない

と信じていたら無理。自分で作ったテントを外から明けてくれる人は絶対に現れない。

 でも、僕は見つけた。これが「取るに足らないような小さな事」だから誰も気づかない

特に、テントの外から見ていて「こうしたらいいんじゃない?」と外側の論理で見つけようと

しても絶対に見つからない、世の中で一番つまらなそうなその方法とは

 
   「どっちが楽?」  「じゃあ、こっち」


 これを繰り返すだけ。正確に、慎重に繰り返せば自分のなかから出口や開け方が湧き上がって

くるという「ひらけ!ゴマ」 の本物版。

僕は40年かけてやっと対面での説明のしかたがわかった。ブログで正確に伝えるのは無理だと思う。

すべての人が救われる呪文だというのに、「言葉」だけでは多分伝えられない。なぜか。


そもそも人が感情の問題を解決できないのは「言葉」を使っているからだと思う。人によって印象が

正反対になってることが当たり前なのに、「正しい意味」を伝えられると思っている。そのせいだ。

言葉のパズルが面白いから、いつの間にか解けないパズルに挑戦し続ける過程にありがたさを感じる

ようになった。途中で部分的に言葉巧みな人は最終的な答えを知っているに違いないと、

どこかで誤解してしまったんだ。


 正解は

「言葉を使っていたら解けない」


もしかしたら、メンタルのトラブルはそもそも「言葉」という記号のせいかもしれない。

真っ暗なテントの出口が見えないのも言葉で考えて解決しようとしているせいだ。


「文字が読めるようになる前には精神病は無かった」と誰かに聞いたことがあった。本当だと思う。




感情が自由になったらどうなると思う?

2014-06-02 | メンタルケアと 治療法の訓練


すべての人という人に伝えたい。

  「感情は簡単に変えられるものです」


不安や、怒りやその他、本当のことを言えば良い方の興奮も

数秒~数分という短時間にだれでも静めることが出来ます。

そして、次から同じ人や状況になっても、「気楽になってる」

Qメソッドという練習方法を開発したけれど、練習しなくても

もともとコツを知っていて出来ている人もたくさん居ます。

決して、けっして、絶対に特殊な能力でもなんでもないんです。

いやな感情から自由になっても、こころが揺れ動くイベント

はずっと続きます。たぶん、誰でもこれは永遠に終わらない。

でも数秒で静めることだけ出来る。これが出来ると、やってくる

否定的イベントを「楽しむことができる」んです。

気づくと「全体的に気分が楽になっている」 こうなるんです。

様々な出来事を全部「楽しんで味わえる」。こうなるんです。

         

          「Qure!」
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 たんぽぽが一緒だとユウヤは気が滅入る。でも、

これもどうなっているのかたんぽぽの魔法力スコアはすこぶるよい。

ユウヤが十七しかないのに、たんぽぽは四百も超えているのだ。

ダーレン先生と変わらないのに、その能力をおかしな言葉作りに

全部取られているんじゃないの?とユウヤは思っている。

 「さて、ショッピングは大いに楽しんでよいが、集合時に「気になったもの」があれば教えること」

 ダーレン先生はそういって、生徒を信じられないぐらい巨大なショッピングセンターの海に開放した。

 「店があって、目が楽しくて、欲しいものが見つかって、本当にすてき!」

 「不便な世界にいたから何を見ても眩しいわ!世界最大級のモールってどこまであるのかしら」
  
 みんなどんどん進みながら大はしゃぎだ。どんどん歩くとその分集合時間が近づいてくる。

「このブランドは日本に上陸していないのよ!」

 「もうっ、上陸って言わないでよ。ペリオディック号を思い出しちゃうじゃない!」

 「この荷物を一回降ろしたい。ちょっと座ってもいい?」

 「ユウヤ、だめだめ、自由時間いっぱいまで回るんだから付いてきなさい!」

 「これ、何を買ったのか知らないけれど、どこに置くの?」

 「私たちの部屋って男子の部屋より広いのよ、だから平気よユウヤ」

 「それ、本当? ずるいな」

ふと横を見やるとたんぽぽが足を止めている。

 「どうした?」

 「別に、なにもニャお」