この日、当初の予定ではR445で五木村方面に行こうかと考えていましたが、朝起きてこの状況
いくら川沿いとはいえ自分のアパートの地勢でこの状況という事は、山間部はもっとヤバいという事で・・・
命が惜しくなったので、急遽第二候補であった天草方面に進路を変更しました
とは言え当然暫くはこの霧の中を走る事になるのですが、城南付近で急激に晴れてきたので助かりました
そして海岸線に出てきたわけですが、ここでちょっとした疑問が発生しました
R57で天草方面にアプローチしているならば、海は進路の右手側に見えるはずなのに何故か左側に見える
この時はおかしいなーと思いながら走行していましたが、後程地図を広げた時に確認しますと、
どうやら私はR57ではなく、R266を走っていたようでした(笑)
五橋入口から天草パールライン(R266の通称)が始まり、風光明媚な風景を流し見しながら走行します
天草上島からはR324に接続し、引き続き歩みを進めます
途中道の駅『有明』があったので休憩します
道の駅の道を挟んで反対側には『サンタマリア館』なる資料館や
タコのモニュメントもありました
R324(通称:ロザリオライン)を気持ちよく走って天草下島に入りますと、ここでR266に再び接続します
ここからは下島の中央部を抜けるんですが、これがまた島とは思えない山間部で面白い!
そしてやってきたのが天草市牛深!
一部では九州本土で一番行きにくいと噂される場所の一つです
道の駅『うしぶか海彩館』
この日は何かお祭が開催されていたらしく色々出店も出ておりました
その中で私が興味を持ったのは『ウツボの唐揚げ』なんですが、
これの写真撮ってませんでした(笑)
ただ、鯛めしは撮っていました
鯛めしを食べていると、目の前が桟橋だったらしく、フェリーが着桟してきました
施設内には生け簀もあります
また、下須島に渡る『ハイヤ大橋』も見られます
ループ部分もあります
小腹も満たせたので再度進軍開始をし、このハイヤ大橋を使い下須島に渡り最初の目的地に進みます
天草市牛深町小森鎮座『住吉神社』
小さな集落にひっそりと佇む神社でした
これで目的を達したので戻りますが、途中『日本の夕日百選』に選ばれている『小森海岸』があるので、
真昼間ですが寄ってみます
また、ここからは『天草炭鉱 旧烏帽子坑跡』も見られます
良質な石炭が採れたようですが、数年で廃坑になったそうです
まぁ地勢的にとても良いとは言えない環境ですからね、採算取れなかったんでしょう
最後に付け加えますが、ここまで来るのは結構苦労するので、実際に夕陽を見に来ても帰るのが辛いと思います
ハイヤ大橋に戻り、牛深に戻ってきます
『牛深八幡宮』
拝殿は工事中でした
ここでは御朱印を頂戴できました
r35沿いに在る『加藤神社』
調べてみると嘉永6年勧請とあります
もうちょっと牛深の探索もしたいですが、あまり遅くなるのも嫌なので移動を開始します
本渡までの帰路はR266ではなく、海岸沿いを走るr26を利用します
が、その前にr26接続地付近に神社があったので寄ります
『八坂神社』
『八幡宮』
それではr26を進みます
廃校
r26沿いはこんな風景ばかりです
廃校になるもの、なって更地になったもの
ふいに出てくる対向車にさえ気を付ければツーリングには最適ですが、環境的に住むのは大変なんでしょう
そして天草市中心部に戻ってきて最初に行ったのが亀場町亀川鎮座『祇園社』
次に参拝したのが同じく亀川鎮座『亀川熊野坐神社』
街の中に入りまして諏訪町鎮座『本渡諏訪神社』
境内には恵比須神社もあります
他に十五社神社も
十五社神社は耳慣れないですが、由来は
・天照皇大神
・八幡大神
・春日大神
・阿蘇十二神
以上の15柱を祀っている事から、十五神社というそうです
阿蘇十二神を祀っている事からも、十五神社は熊本地方にしか存在しないらしく、
特に天草地方に多く存在しているそうです
また、天草出身で初めての大関となった『栃光』関の銅像も境内にあります
こちらでは御朱印も頂戴しました
ここからはr44を苓北町方面に走ります
『東向寺』
東向寺は天草の乱後、当地の初代代官であった鈴木重成が民心の安定のために幕府に具申して建立した天草四ヶ本の内の一つです
(他は国照寺・崇円寺・円性寺になります)
境内には瀬戸焼中興の祖『加藤民吉翁』の碑もあります
天草地方といえば過酷なキリシタン弾圧で有名だったので、
どうしてもそれにまつわる場所を少し回りたかったんですよね
そして先に出てきた鈴木重成を含む、鈴木正三(重辰の実父)、鈴木重辰(重成甥で後に養子、二代目代官)の三人を祀った『鈴木神社』
御朱印
日が傾き始めたので急いで本渡に戻り、『明徳寺』
2枚目の山門の柱には
『祖門英師行清規流通佛陀之正法 将家賢臣革弊政疫徐耶蘇之邪宗』
と書いており、天草を仏教で再興しようとする意思を示したものだそうです
山門からの風景
御朱印
何とかちょっと時間を作れたので、明徳寺からほど近い場所に在る『天草キリシタン館』に寄れました
本渡以降はけっこう駆け足になりましたが、それでも色々回れたので良かったです
今度来るときは﨑津や大江の方も含めて回ってみたいとは考えています
そして今回のツーリングで現バイクによる通算1万kmを達成できました
場所は家に戻る途中のr34のどこかです
取り敢えず渋滞や、橋上、トンネル内で迎えなくてよかったです
(写真を撮るには怖いので)
ここまで大きな事故、故障なく走れた事に感謝です
今後も気を付けながらツーリングライフを楽しみたいと思っています
いくら川沿いとはいえ自分のアパートの地勢でこの状況という事は、山間部はもっとヤバいという事で・・・
命が惜しくなったので、急遽第二候補であった天草方面に進路を変更しました
とは言え当然暫くはこの霧の中を走る事になるのですが、城南付近で急激に晴れてきたので助かりました
そして海岸線に出てきたわけですが、ここでちょっとした疑問が発生しました
R57で天草方面にアプローチしているならば、海は進路の右手側に見えるはずなのに何故か左側に見える
この時はおかしいなーと思いながら走行していましたが、後程地図を広げた時に確認しますと、
どうやら私はR57ではなく、R266を走っていたようでした(笑)
五橋入口から天草パールライン(R266の通称)が始まり、風光明媚な風景を流し見しながら走行します
天草上島からはR324に接続し、引き続き歩みを進めます
途中道の駅『有明』があったので休憩します
道の駅の道を挟んで反対側には『サンタマリア館』なる資料館や
タコのモニュメントもありました
R324(通称:ロザリオライン)を気持ちよく走って天草下島に入りますと、ここでR266に再び接続します
ここからは下島の中央部を抜けるんですが、これがまた島とは思えない山間部で面白い!
そしてやってきたのが天草市牛深!
一部では九州本土で一番行きにくいと噂される場所の一つです
道の駅『うしぶか海彩館』
この日は何かお祭が開催されていたらしく色々出店も出ておりました
その中で私が興味を持ったのは『ウツボの唐揚げ』なんですが、
これの写真撮ってませんでした(笑)
ただ、鯛めしは撮っていました
鯛めしを食べていると、目の前が桟橋だったらしく、フェリーが着桟してきました
施設内には生け簀もあります
また、下須島に渡る『ハイヤ大橋』も見られます
ループ部分もあります
小腹も満たせたので再度進軍開始をし、このハイヤ大橋を使い下須島に渡り最初の目的地に進みます
天草市牛深町小森鎮座『住吉神社』
小さな集落にひっそりと佇む神社でした
これで目的を達したので戻りますが、途中『日本の夕日百選』に選ばれている『小森海岸』があるので、
真昼間ですが寄ってみます
また、ここからは『天草炭鉱 旧烏帽子坑跡』も見られます
良質な石炭が採れたようですが、数年で廃坑になったそうです
まぁ地勢的にとても良いとは言えない環境ですからね、採算取れなかったんでしょう
最後に付け加えますが、ここまで来るのは結構苦労するので、実際に夕陽を見に来ても帰るのが辛いと思います
ハイヤ大橋に戻り、牛深に戻ってきます
『牛深八幡宮』
拝殿は工事中でした
ここでは御朱印を頂戴できました
r35沿いに在る『加藤神社』
調べてみると嘉永6年勧請とあります
もうちょっと牛深の探索もしたいですが、あまり遅くなるのも嫌なので移動を開始します
本渡までの帰路はR266ではなく、海岸沿いを走るr26を利用します
が、その前にr26接続地付近に神社があったので寄ります
『八坂神社』
『八幡宮』
それではr26を進みます
廃校
r26沿いはこんな風景ばかりです
廃校になるもの、なって更地になったもの
ふいに出てくる対向車にさえ気を付ければツーリングには最適ですが、環境的に住むのは大変なんでしょう
そして天草市中心部に戻ってきて最初に行ったのが亀場町亀川鎮座『祇園社』
次に参拝したのが同じく亀川鎮座『亀川熊野坐神社』
街の中に入りまして諏訪町鎮座『本渡諏訪神社』
境内には恵比須神社もあります
他に十五社神社も
十五社神社は耳慣れないですが、由来は
・天照皇大神
・八幡大神
・春日大神
・阿蘇十二神
以上の15柱を祀っている事から、十五神社というそうです
阿蘇十二神を祀っている事からも、十五神社は熊本地方にしか存在しないらしく、
特に天草地方に多く存在しているそうです
また、天草出身で初めての大関となった『栃光』関の銅像も境内にあります
こちらでは御朱印も頂戴しました
ここからはr44を苓北町方面に走ります
『東向寺』
東向寺は天草の乱後、当地の初代代官であった鈴木重成が民心の安定のために幕府に具申して建立した天草四ヶ本の内の一つです
(他は国照寺・崇円寺・円性寺になります)
境内には瀬戸焼中興の祖『加藤民吉翁』の碑もあります
天草地方といえば過酷なキリシタン弾圧で有名だったので、
どうしてもそれにまつわる場所を少し回りたかったんですよね
そして先に出てきた鈴木重成を含む、鈴木正三(重辰の実父)、鈴木重辰(重成甥で後に養子、二代目代官)の三人を祀った『鈴木神社』
御朱印
日が傾き始めたので急いで本渡に戻り、『明徳寺』
2枚目の山門の柱には
『祖門英師行清規流通佛陀之正法 将家賢臣革弊政疫徐耶蘇之邪宗』
と書いており、天草を仏教で再興しようとする意思を示したものだそうです
山門からの風景
御朱印
何とかちょっと時間を作れたので、明徳寺からほど近い場所に在る『天草キリシタン館』に寄れました
本渡以降はけっこう駆け足になりましたが、それでも色々回れたので良かったです
今度来るときは﨑津や大江の方も含めて回ってみたいとは考えています
そして今回のツーリングで現バイクによる通算1万kmを達成できました
場所は家に戻る途中のr34のどこかです
取り敢えず渋滞や、橋上、トンネル内で迎えなくてよかったです
(写真を撮るには怖いので)
ここまで大きな事故、故障なく走れた事に感謝です
今後も気を付けながらツーリングライフを楽しみたいと思っています