★これは星の王子さまと飛行機乗りの、その後の物語。
ある年のクリスマス、ふたりは再会したんだ…。
「クリスマス星」の王子さま
★「ここへはどうやって来たの?」
くたびれたカーキ色の飛行服を着た男は、美しい金髪の、まだ幼い王子さまに聞いた。
飛行機乗りの顔は長い人生の疲れがしみついていたが、それでも王子さまに会えたうれしさに輝いていた。
「あそこに植物の蔓で編んだブランコみたいなのがあるでしょ。あの両端をカササギたちがくわえて、運んでくれたの」
「ふうん。また自分の星に帰れるかな?」
飛行機乗りはちょっと思い出したことがあり、不安げな顔になってそうたずねる。
「うん帰れる。ほら、この笛があるから。これを吹けばカササギたちが戻ってきてくれる。
それよりきみは、どうやってここに来たの?」
こんどは王子さまがたずねた。
「地球って、ずーっと遠い星だよね。何光年も離れてるよ」
「僕? 爆撃機に乗って、海に突っ込んだんだ。海の底のずっと底に向かってね。
ていうか、じつは撃ち落されたんだ。でも、それは自分が望むところだった」
「へー、大変だったんだね。怖くなかった?」
小さい王子さまはちょっと顔をしかめ、むずかしそうな顔をして言った。
飛行機乗りは王子さまの目をじっと見た。
「ちっとも。ほら、きみだってヘビに噛まれた。それで、自分の星に帰っただろ? おなじさ」
★「今日はクリスマスなんだ。だからぼく、このクリスマス星に来たかったの。キレイでしょ…」
王子さまはうっとりとした表情で言った。
飛行機乗りはぐるりと周りを見回した。
緑の芝生が敷き詰められた平地がどこまでも広がっている。
木でできたベンチがところどころに置かれいる。
だれかが来たら座れるようにかな。
飛行機乗りと王子さまも、いま並んでベンチに腰掛けているんだ。
夜空は濃い群青色で、雲もなく晴れわたっているのに、不思議なことに星がない。
もっと不思議なのは、二人の目の前に、50メートルはあろうかという大きなもみの木がそびえ立っていることだ。
吸い込まれそうに濃い緑色の、針のような葉が茂っており、ほんのりと光を発している星のオーナメントがびっしり飾られている。
だからこのクリスマス星は、闇に飲み込まれていないのだろうな。
★「ぼく、どうしても1回、クリスマスをやってみたかったの。 クリスマスって、大好きな人と待つ日なんだよ」
と王子さま。
「何を待つんだい?」
「サンタクロース」
飛行機乗りは怪訝そうな顔をしてつぶやく。
「サンタクロースって、地球からこんなに離れた星にも、来るものかな?」
「来るよ。この星はクリスマス星だから」
王子さまはなんでそんなわかりきったことを言うのか不思議、という顔をして言った。
「あのね、これ大きな声で言っちゃいけないってカササギたちが言ってたけど、サンタクロースって、ガイネンなんだ」
「概念?」
「そう……」
王子さまは、むずかしい言葉を使うのがちょっと得意そうだった。
「いるんだけど、いない。
もしかしたら実在してるわけじゃないかもだけど…、みんながいると信じているから、いる。
ここは宇宙のずっと離れたところだけど、ぼくがサンタクロースはいると思うから、いるんだ。
そして、きれいなメロディが遠くに聞こえて眠りについたとき、サンタクロースが鈴をシャンシャンと鳴らして、橇でやってくるんだよ」
「地球から?」
「そう。…そうなんだ、絶対」
王子さまはきっぱり言った。
★飛行機乗りは言った。
「僕はきみに会いたかったんだ、ずーっと。砂漠できみと別れてからずーっとだよ。
どうしたら、きみに会えるか、そればっかり考えていた」
王子さまはこっくりとうなづいてから、「きみが好きだった女の人は?」とたずねた。
「ああ、あの人…。戦争が終わって、仕事を始めて、だれか僕ではないヤツと出会って、結婚したんだ。赤ちゃんが生まれてね…、僕のことは、ほんのときたま思い出してるさ」
「ねえ、猫の絵を描いて」
「えっ、猫?」
「うん、いいから描いてほしいの」
飛行機乗りは王子さまが差し出した紙とエンピツを使って、子猫の絵を描いた。そんなにうまくはないけど、可愛い子猫になった。
「ああ、素敵に可愛い猫だね。それ、もっててね。
ぼくも絵を描く。何を描いてほしい?」
飛行機乗りは「ミルクかな」と言った。
「ミルク…、ミルク? 牛じゃなくてミルク?
いいよ、じゃあコップを描こう。ここに線を引いたのは、ここまでミルクが入ってます、というしるし。
ぼく、自分の星に戻ってから、絵をいっぱい描いて練習したの。だから、けっこううまくなったって、バラが言ってくれた」
「そうか、きみのバラは元気だった?」
「うん。とっても怒ってたけど、元気で、ぼくが戻ってきたのをすごく喜んでた」
「ほう…」
そう言うと、飛行機乗りはかたわらにあったシャンパンを開けた。もちろん、王子さまに渡したグラスのほうは、甘い味のついた炭酸水だ。
「クリスマス、おめでとう…。会えたからね」
「メリー・クリスマス」と王子さまは、グラスを掲げながら元気に答えた。
★シャンシャンシャンと、鈴の音が聞こえてきた。
飛行機乗りは顔を上げて周りを見回した。
「まさか、この宇宙のすみっこの星に…?
えっ?」
「ホホホーイ! 元気かな。まだ寝てなかったんだね」
サンタクロースはトナカイの首に巻いたひもを引いて橇をとめると、愉快そうに言った。
「うん、ぼく待ってたの。サンタさんに会いたかったから」
と王子さまがくったくのない笑顔でそう言った。
「それはそれは、愉快じゃな」
サンタクロースは、とがめるなんてことはしない。
「どうです? ジャンパンを開けたばかりなんです」と飛行機乗りがグラスを差し出すと、
「それはどうも、いただくとするかな」とうれしそうにグラスを受け取った。
みんなでシャンパンを飲んで、目と目を見合わせて、笑いあった。
うふふ、あはは、ワッハッハ…
それからサンタクロースはもみの木の星のオーナメントを袋に詰め始めた。
「その星、どうするの?」と知りたがり屋の王子さまがきくと、
「これはな、夜空に貼り付けたり、子供たちが飾ったクリスマスツリーのてっぺんにつけたりするんじゃよ。クリスマスの星が側にあると、いいことが起きるんじゃ」
「いいね」と王子さまはニッコリ笑った。
「じゃあね」と袋いっぱいに星を詰め終わると、サンタクロースは言った。
「もう行くの?」と王子さま。
「わしは今日は目が回るほど忙しいからね。今夜一晩で子供たちのところを回らなくてはいけない」
★「サンタさんにあえてよかった」と、いかにも満足げな王子さま。
「よかったです」と飛行機乗りもあわてて言った。まさか、この年になってサンタクロースに会えるとは夢にも思ってなかったのだけど。
「わしもじゃよ、おふたりさん。
プレゼントはおまえさんがたがもっておる絵の中にありますぞ。
飛行機乗りさんは素敵な猫のお仲間だ。王子さまはホットミルクを毎晩1杯。いろんな楽しい夢が見られるサービスつきじゃよ。たまにはサンタの国の夢を見られるぞよ」
サンタクロースはそう言いおわると、トナカイの引く橇にのって行ってしまった。
飛行機乗りと王子さまは、本当にうれしそうな顔をして、サンタクロースをいつまでもずっと見送っていた。サンタクロースと橇が点になって消えてしまったとき、王子さまは片手を飛行機乗りの手にすべりこませた。ふたりは目を見合わせて、うれしそうにうなづいた。
★ちょっとしてから、王子様は少し心配そうに聞いた。
「ねえきみ、これからどうするの? ぼくはバラが待ってるから自分の星に帰るけど」
「僕は、そうだな…、地球に帰るかな」
「地球に待ってる人はいる?」
「いいや、もういない。両親もとっくに亡くなってしまったし。
でも、あそこには飛行機で飛ぶのにぴったりな空があり、見おろす大地や海がある。
なんてったって、飛行機に乗るのは最高の気分さ」
「そうか。どうやって帰るの?」
「ここに来たときとおなじだよ。思えば、帰れる」
王子さまはコクンとうなづいた。
「じゃあ、ぼくを見送って」
「もちろんさ」
王子さまが首からひもでぶら下げた笛を吹くと、カササギたちが翼をばたつかせてやってきた。
カササギたちがくちばしでくわえたブランコに乗ると、王子さまは懐かしそうに手を振った。
「じゃあ、さようなら。来年のクリスマス、またここで会えるといいな」
「そうだね、また会いたいね」
カササギたちがいっせいに舞い上がった。
「さようなら、きみ」
王子さまは、もうずっと高いところを飛んでいる。
「さようなら、王子さま。さようならー」
★飛行機乗りの男は、いつまでも夜空をみあげて手を振りつづけていたんだ。
これで星の王子さまと飛行機乗りのお話はおしまい。
それからね、こんどのクリスマスも、ふたりはクリスマス星で再会するんだと思う。
王子さまじゃないけど、思えば、本当になる。(それが物語の秘密なんだ。)