2020年に共演予定があったが、新型コロナ禍のために来演が延期されて今回になった待望の公演である。指揮のリチャード・ドネッティは、オーストラリア室内管弦楽団(ACO)をもう30年以上も率いて挑戦的な音楽を作り続けているバイオリニスト/指揮者である。その意気込みは現代曲2曲とウイーン古典派の大交響曲2曲を組み合わせた今回の選曲にもうかがうことができるだろう。まずは映画音楽の分野で多く作品を生み出しているポーランドの現代作曲家ヴォイチェフ・キラル(1932-2013)の「オラヴァ」だ。名称はポーランドの地方名で、この地方の民族音楽に由来すると言うことだが、ヴァイオリンが繰り返す音形が少しづつ変容しながら様々な形で広がったり纏ったりする10分余の佳作である。リズムに乱れが生じた瞬間もあったが、トネッティの自由奔放な音楽が大きくプラスに作用してとても面白く聴くことができた。ACOではチェロを除いて全員立奏なので、今回はKCOもそれに倣った。表現の自由度が大きくなったのはそのせいもあったのかも知れない。続いて200年時代を遡ってヨゼフ・ハイドンの交響曲第104番ニ長調「ロンドン」だ。ここでは管楽器も立奏でトネッティは前曲にひき続いての弾き振り。現代楽器を使用しているがビブラートは一切かけずストレートな弦で、管楽器とティンパニは強めのバランスだ。ここまでだと所謂古楽的奏法ということになるのだが、弦のアンサンブルが”革新的”なのだ。聞き合って纏めるというよりも其々が皆野放図に弾きまくるという感じに聞こえるのである。その結果極めて「開放的」な、悪い言い方をすれば「乱雑な」ハイドンになってしまって、私にとってはとても居心地の悪い30分だった。「ウイーン古典派」の固定観念があるからだと言われればそれまでだが、美しさがないのは困りものである。休憩を挟んで武満徹の「ノスタルジア〜アンドレイ・タルコフスキーの追憶に」+J.S.バッハ「われ汝に呼ばわる、主イエスキリストよ」BWV639が通して演奏された。これは予想に反して実に面白かった。静的な音の間と色彩の綾を聴くのではなく、もっと動的でダイナミックな音の変化と力のぶつかり合いを武満から聞いたのは初めてだ。これは西洋人(非日本人)の感性だとつくづく思った。続いてアタッカでバッハのコラールを据えたのも酔眼だった。続き具合が心地よいのみならず、武満のタルコフスキーへの深い想いを更に増幅させた効果があった。そして最後はモーツアルトの交響曲第41番ハ長調「ジュピター」K.551。ハイドンにガッカリしたのでどうなるかと思ったら、これが実に楽しかった。アンサンブルの作り方は基本的に変わらずで、互いに聞き合いながらあるところに調和してゆくというのではなく、弦楽奏者達を見ていると開放的に個々に存分に楽しみながら、しかし今回は齟齬が生じないような別種の”アンサンブル”が出来上がっているのである。更に演奏に絡む因習を捨ててゼロから曲を見直したといった感じで、新鮮なイントネーションがそこかしこから聞き取れる。その結果伸び伸びとした自由闊達な音楽が生まれるというわけだ。まさにドネッティ・マジックを聴いたということだろう。(ACOの現メンバーである後藤和子氏を今回のメンバーに加えるという徹底ぶりだ)これは手に汗握るほど湧々してとびきり楽しい時間だった。もしかしたらドネッティの自由奔放な音楽作りを受け入れられるか否かは、モーツアルトとハイドンの音楽の資質の違いなのかも知れないなとも思った次第。勉強になった。
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