東フィルの定期演奏会には毎年名誉音楽監督チョン・ミョンフン指揮するオペラが組み込まれるのがこのところの定番となっている。今年はヴェルディの「マクベス」(1865年パリ改定版)である。「ファルスタッフ」、「オテロ」とここ二年程連続でヴェルディのシェークスピア物をやっていて今年がその最後の年ということになる。結果として一番若書きのこの作品が最後になったが、シェイクスピアを熱愛したヴェルディが満を辞して世に問うたこの力作の音楽史的意味は、「トリ」を努めても良い程に大きいであろう。声楽陣はマクベスにセバスティアン・カターナ、マクベス夫人にヴィットリア・イェオ、バンクオーにアルベルト・ベーゼンドルファー、カウダフにステファノ・セッコ、マルコムに小原啓楼、侍女に但馬由香、それに新国合唱団という十分な布陣。毎度のことだが、全体として厳しい集中力で遺憾無くドラマを紡ぎ出すミョンフン独特の運びが、歴史上の命題である権力欲の結果の陰惨な結末をヴェルディの音楽から見事に描き出した。それは露骨な権力欲が世界戦争への発展を予感させるようなこの時代にはとりわけ強く聴衆の心に響いたはずだ。演奏会形式ではあったが歌手達は舞台の下手から上手までを使って縦横に動き回って視覚的なドラマ性も十分に担保され、むしろ凡庸な演出の舞台を見るよりも余程説得力があった。ただミョンフンの運びについて言えば、第二幕のアンサンブル・フィナーレのような所では、音楽があまりにもサクサクと前へ進んで行ってしまうものだから、重層的なスケール感のようなものがいささか乏しくなってしまった気もした。歌手達は適材適所の布陣で皆良かったが、あえて言えばイェオには明らかに低音の響きが不足していた。声楽的に中々難しい声域なので高音と低音の両立は難しいであろうが、激しい高い声だけの勝負では中々この役には辛いところがある。セッコの4幕のアリアは良かった。この歌は新々の若手が歌うケースも良くあるが、さすがベテランが歌うと名曲が一段と輝く。
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