東京ニ期会3年振りの「蝶々さん」は、前回(2019)の宮本亜門の斬新な舞台とは対照的な,「日本の美」を極め尽くした我が国オペラ演出の大御所栗山昌良の名舞台である。指揮は前回同様アンドレア・バッティストーニだ。今回は、とにかく栗山の様式感に貫かれた美しい舞台に尽きると言って良いだろう。舞台の造作や歌手の大きな動き、そして小さな所作の一つ一つに至るまで全て一貫した様式で貫かれた美しく、同時にスタイリッシュな舞台は、誠に日本ならではのものであろう。そうした意味では日本を舞台としたこの作品のプロダクションとして永遠に典型となり得るものだと思う。今回はそのキリリとした様式感にぴたりと寄り添った俊英バッティストーニと東フィルのピットが一際素晴らしかった。これほど説得力に満ちたこの作品のピットを私はこれまで知らない。主役の木下美穂子は役所を全て知り尽くしたと言っても良い程の演技と歌唱で申し分なかった。対するピンカートン役の城宏憲のちょっと軽薄な役作りも実に効果的だった。成田博之のシャープレスの終幕の歌唱と演技はとても説得力があり、ピンカートンの軽薄さを大きくクローズアップしていた。大川信之のゴローも良い味を出していたし、三戸大久のボンゾの存在感もなかなか良かた。私は常々このオペラの要はスズキだと思っている。蝶々さんの心を鏡のように映し出す役なので、スズキの出来次第でストーリーの悲劇性は何倍にもなる。そうした意味では、この日の藤井麻美は、歌唱はともかくとして、その演技は多面性に不足していささか力不足だったように思えた。とは言え、それを十分に補うようなバッティの驚異的な音楽作りもあり、実に感動的な舞台だったことは確かである。東京二期会では毎回「公演監督」が入口で観客を迎えるしきたりがある。この日は永井和子さんが和服を召されて迎えてくださったが、私はその永井さんのスズキを世界一のスズキだったと思っている。
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