よしだハートクリニック ブログ

 院長が伝えたい身近な健康のはなし

老化について(I)

2021-05-10 14:36:09 | 健康・病気
 今回は、年をとると避けて通れない「老化」と生命が必ず迎える「死」に関する最新の研究についてご紹介したいと思います。

 「老化」はゆっくりと起こる生物機能におけるシステム全体の衰退と定義されます。この衰退は生体内の複合的な要因の結果として生じ、これらの要因は次の9つに分類されます(López-Otinら 2013年)。
 ① DNAの損傷によってゲノムが不安定になる(ゲノム不安定性)
遺伝子(ゲノム)は様々なストレス(タバコ、アルコール、睡眠不足、紫外線など)により傷害を受けますが、その修復過程で修復ミスがおこり、それが蓄積されて細胞機能が低下します。
 ② 染色体の末端を保護するテロメア(特徴的な反復配列をもつDNAとタンパク質からなる複合体)が短くなる(テロメア短縮)
細胞分裂の度に、DNA傷害をきたしやすい遺伝子末端のテロメアと呼ばれる部位が修復されずに短くなります。このため細胞は50回を限度に分裂できなくなると考えられています(ヘンフリック限界)。がん細胞は、テロメラーゼという修復酵素活性が高く、テロメアを修復し短縮しないため何度も分裂できるようになり増殖します。
 ③ 遺伝子スイッチのオンオフを調節するエピゲノムが変化する(エピジェネティクスな変化)
DNAの塩基配列を変えずに遺伝子の働きを決める仕組みをエピジェネティックと呼び、その遺伝情報がエピゲノムです。すなわち、どの遺伝子を使い、どの遺伝子を使わないかを決めるのがエピゲノムで、細胞の多様性を生み出します。環境因子により、エピゲノムが乱れると遺伝子変異が生じ、細胞の働きが低下します。
 ④ タンパク質の正常な働きが失われる(蛋白質恒常性の喪失)
細胞への熱ストレス、酸化ストレスなどにより、タンパク質が変性し、異常なタンパク質が細胞内に蓄積されると正常な働きができなくなります。認知症患者の脳内に蓄積するアミロイドたんぱくもこの一つの例です。
 ⑤ 代謝の変化によって、栄養状態の感知メカニズムがうまく調節できなくなる(栄養感知の制御不全)
代謝や代謝副産物により、細胞は様々なストレスを受け傷害されます。そのため生物には、適正で適量の栄養が摂れるように様々な栄養状態感知システムがあります。この感知システムが異常になると食べ過ぎをおこし、肥満、糖尿病などの代謝疾患を引き起こします。カロリー制限と適切な運動は、DNA複製のストレス減少、DNA損傷の減少、炎症シグナルの減少、代謝活性と損傷が引き金となる副産物の減少を介して寿命を延長します。
 ⑥ ミトコンドリアの機能が衰える(ミトコンドリアの機能不全)
細胞が老化すると、酸化ストレスの蓄積によるミトコンドリアの機能不全が始まります。機能不全によりアポトーシス(細胞死)誘導が増加します。またミトコンドリアはATP産生だけでなく、細胞損傷のセンサーとしても働き、炎症性老化の制御に関与します。
 ⑦ ゾンビのような老化細胞が蓄積して健康な細胞に炎症を起こす(細胞老化)
細胞老化とは、細胞が受けた損傷や必要な構成物質の欠乏により細胞分裂や成長が停止した状態を指します。歳をとった組織では、老化細胞が排除されずそこに留まり、IL6やIL8といった有害なサイトカインを分泌し、炎症を助長します。
 ⑧ 幹細胞が使い尽くされる(幹細胞の枯渇)
自己複製や多細胞に分化できる幹細胞が、DNA損傷、栄養感知の制御不全、細胞老化などの老化により枯渇します。
 ⑨ 細胞間情報伝達が異常をきたして炎症性分子がつくられる(細胞間コミュニケーションの変化)
老化細胞は、老化組織をさらに損傷させる慢性炎症を引き起こします。
  
 すなわち、最初に細胞ダメージの原因があり(①②③④)、それにより細胞機能が損なわれ(⑤⑥⑦)、組織あるいは生物全体の機能低下がおこる(⑧⑨)、これらが複合的に進行することにより「老化」をきたします。

 「老化」の最終段階に「死」が訪れます。
 テロメアが短くなると細胞分裂が出来なくなり細胞が老化します。他方、テロメラーゼが働きテロメアを修復すると分裂は止まらなくなり細胞がガン化します(生殖細胞や一部の免疫細胞を除き、通常は、遺伝子の働きによりテロメラーゼは抑制されています)。つまりテロメアは、細胞の分裂を止めて細胞がガン化するのを防いでいるのです。これは不老不死を許さない死のシステムと言えます。
 大腸菌など単細胞生物は無性生殖と呼ばれる分裂により子孫を残すため、遺伝子的には同一であり死んでいないとも言えます。一方、「死」を必然とした多細胞生物は、生殖細胞という不死の細胞で有性生殖をおこない、多様性を維持しながら次世代を残し進化してきたとも言えます。
 アップルの創業者で、MacやiPhoneを発明した故スティーブ・ジョブズは、自ら膵臓癌で余命半年と宣告された後の講演で、「死は生命最大の発明」と語りました。 
               ・・・・・・続く・・・・・・


    参考文献:メルク ライフサイエンンス リサーチ&バイオロジー ホームページ


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