仕事(しごと)から帰って部屋(へや)でくつろいでいると、玄関(げんかん)のチャイムが鳴(な)った。モニターを見るとそこに映(うつ)っていたのは、見覚(みおぼ)えのある女性――。僕(ぼく)がドアを開けると彼女は、
「久(ひさ)しぶり。まだ、ここに住んでたんだね。よかった」
彼女と別れて、何年たつんだっけ? 彼女は、僕に笑顔(えがお)を向けて、
「あのさぁ、カノジョとかいる?」
僕は、彼女がどういうつもりなのか分からずに、「なんで…?」
「今夜、泊(と)めてもらおうかと思って…。もし、付き合ってる彼女(ひと)いたら悪(わる)いじゃない」
「まぁ、別に…そういうのは…いないけど…」僕は正直(しょうじき)に答えてしまった。
「だったら、入れてくれない? ここじゃ、あれだから…」
彼女は僕を押(お)しのけて入って行く。勝手知(かってし)ったる何とか…。昔(むかし)とまったく変わらない。
彼女は、「なんだぁ、変わってないねぇ。少しは模様替(もようが)えとかすればいいのに」
彼女はソファーにドカッと腰(こし)を下(お)ろすと、大きく伸(の)びをした。僕は、彼女の薬指(くすりゆび)に指輪(ゆびわ)を見つけた。彼女もそれに気づいて、僕に指輪を見せながら、
「あたし、結婚(けっこん)したのよ。ふふふ……。とっても幸せだったんだ」
彼女は顔を曇(くも)らせていた。この顔…。前に一度だけ見たことがある。
僕は追(お)い出すこともできずに、「一晩(ひとばん)だけだからな。それと、絶対(ぜったい)に変なことは――」
彼女は、僕にキスをした。そして、「これは、お礼(れい)よ。もう、変なことしないから…」
<つぶやき>彼女に何があったのか…。それは、訊(き)かないでおきましょう。その方が…。
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