その場所(ばしょ)は、異空間(いくうかん)に飛(と)び込んだ場所とは違(ちが)っていた。神崎(かんざき)つくねは通(とお)りへ出ると辺りを見回して呟(つぶや)いた。「ここは、どこなんだ?」
その時、後ろから声をかけられた。振(ふ)り返ると、そこには女の子が二人。しかも、同じ顔(かお)をしている。ハルとアキだ。アキは買い物袋(ぶくろ)をハルに押(お)しつけてつくねに駆(か)け寄ると、
「おねえさん、戻(もど)って来たの? もう、どこ行ってたのよ」
偽(にせ)のつくねは取り繕(つくろ)うように、「ああ、久(ひさ)しぶりね。元気(げんき)だった?」
「そんなの決(き)まってるじゃない。ねえ、しずくちゃんに会いに来たの?」
「ええ…。でもね、どうやって行けばいいのか分からなくて…」
「それなら大丈夫(だいじょうぶ)よ。あたしたちも帰るところだから。連(つ)れてってあげるよ」
アキがつくねの手をとって歩き出すと、ハルが後ろから呼(よ)び止めた。
「ねぇ、アキ。荷物(にもつ)、持ってよ。重(おも)いんだけど…」ハルは買い物袋を両手(りょうて)に持っていた。
アキはからかうように、「それくらい大丈夫でしょ。お姉(ねえ)さんなんだから。がんばって」
「もう、冗談(じょうだん)言わないで。千鶴(ちづる)おばさんに言いつけるからね」
ハルの後ろから声がした。「どうしたんだ?」それは、水木涼(みずきりょう)だ。涼の隣(となり)には日野(ひの)あまりがいた。涼は、アキと一緒(いっしょ)にいるつくねを見てハッとして声を上げた。
「つくね…? どうしたんだよ。まさか…記憶(きおく)が戻ったのか?」
<つぶやき>みんなは欺(だま)されちゃうの? 間者(かんじゃ)にあの場所の秘密(ひみつ)を知られてしまうのか…。
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俺(おれ)は、恋愛(れんあい)の海原(うなばら)に漕(こ)ぎ出していた。幾度(いくど)も嵐(あらし)に出会い、そのたびに船体(せんたい)は傷(きず)つき、エンジンは悲鳴(ひめい)を上げた。それでも俺は、果敢(かかん)に恋愛という冒険(ぼうけん)に挑(いど)み続けた。いま思えば、若気(わかげ)の至(いた)りというか、身(み)のほど知らずだったのだ。
とうとう俺は、漂流(ひょうりゅう)するはめになった。俺は、完全(かんぜん)に自分(じぶん)を見失(みうしな)ってしまったのだ。俺は、どこにいるのか? どこへ向かっていけばいいのか分からない。海流(かいりゅう)に振(ふ)りまわされ、風に翻弄(ほんろう)されて、いつ沈没(ちんぼつ)してもおかしくなかった。いつしか俺は、自堕落(じだらく)な生活(せいかつ)をするようになっていた。もう、どうなってもいいと思ってしまったのだ。
そんな時だ。俺が彼女と出会ったのは…。彼女は、まるで嵐の中の灯台(とうだい)のように、俺に手を差(さ)しのべてくれた。こんな俺を、優(やさ)しく迎(むか)え入れてくれたのだ。
俺は、彼女に訊(き)いてみた。「ほんとに、俺なんかでいいのか?」
彼女は微笑(ほほえ)みかけて、「もう、なに言ってるんですか。いいに決まってるじゃない」
俺は、有頂天(うちょうてん)になって彼女の手をつかんだ。彼女は、俺の手を優しく握(にぎ)り返して、
「あの、お酒(さけ)…なくなっちゃったから、ボトルを入れてもいいかしら?」
俺は即座(そくざ)に答(こた)えた。「もちろんさ。入れちゃってよ。――それからさ、今度のお休みに…」
彼女はボーイに注文(ちゅうもん)すると、俺に言った。「ごめんなさい。ボトル注文しといたから、ゆっくり呑(の)んでて。あたし、他のお客(きゃく)さんの指名(しめい)が入っちゃったから行くねぇ」
<つぶやき>うん、これもありかも。でも、傷が癒(い)えたらこの港(みなと)から出港(しゅっこう)しましょうね。
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〈普通(ふつう)でいいんだよ〉それが口癖(くちぐせ)の同僚(どうりょう)がいる。彼は、自分(じぶん)のこともそう思っているのか?
確(たし)かに、彼はずば抜(ぬ)けて仕事(しごと)ができるわけではない。女性のあたしから見ても、惹(ひ)かれるようなところは…。ごめんなさい。彼のこと嫌(きら)いってわけじゃないのよ。
他(ほか)の娘(こ)も言ってたけど、良(い)い人なんだけどそれ以上(いじょう)はちょっと…って感じ。でも、彼だってどこかに優(すぐ)れているところはあるはずよ。それを見つけることができれば、彼だってそんなこと言わなくなるかもしれないわ。
普通って何なんだろう? 彼の口癖を聞くたびに思ってしまう。辞書(じしょ)を見てみると、〈他と較(くら)べて特に変わらないこと。どこにでもあって珍(めずら)しくないこと。一般的(いっぱんてき)であること〉って書いてある。よく分からないけど、人に当(あ)てはめることはできないかもね。
だって、普通って人によって違(ちが)うと思うの。あたしの普通と、彼の普通はまったく違うかもしれないし。ひとりひとり違っていいと思う。そうよ、きっとそうなんだわ。
ああっ…、あたしが間違(まちが)ってたのね。彼の〈普通〉をとやかく言うなんて…。
これからは、あたしも彼に賛同(さんどう)して〈普通、最高(さいこう)っ!〉って言ってみようかなぁ?
でも、ちょっと待(ま)って…。やっぱり、あたしにはハードルが高そうだわ。ここは、微笑(ほほえ)みを返(かえ)す程度(ていど)にして…。まって、彼に変に思われないかしら……。
<つぶやき>きっと彼は、そんなことまで考(かんが)えてないと思いますよ。口癖なんですから。
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あたしは下校(げこう)の途中(とちゅう)で男子(だんし)に待(ま)ち伏(ぶ)せされた。これはいったいどういうこと? もしかして、あたしと喧嘩(けんか)でもしようというのか――。
はっきり言っておくが、あたしは男子とおしゃべりしたことがない。友達(ともだち)に言わせれば、あたしはだんとつの奥手(おくて)なんだそうだ。あたしは、男子なんかと付き合うことに何のメリットも感じていない。無駄(むだ)な時間を過(す)ごしたくないだけなのに…。
あたしは、拳(こぶし)をあげて戦闘態勢(せんとうたいせい)にはいる。これでも、護身術(ごしんじゅつ)の心得(こころえ)はある。この程度(ていど)の男子に負(ま)けるはずはない。あたしは、目の前の男子を睨(にら)みつけてやった。
でも…、どうも様子(ようす)がおかしい。目の前の男子は、赤い顔をして伏(ふ)し目がちに突(つ)っ立ている。こいつはバカなのか? それとも、あたしを油断(ゆだん)させようとしているのか…。
あたしには、この状況(じょうきょう)が理解(りかい)できない。こいつは、何がしたいんだ?
まさか…、これは…。あれなのか? 友達から、ちらっと聞いたことがある。〈告白(こくはく)〉ってやつなのか? まさか、それは、ないでしょ…?
男子は、あたしに近寄(ちかよ)ってきて、手にした手紙(てがみ)を突き出した。あたしに、受(う)け取れってことなのか? あたしは思わず、それを受け取ってしまった! 男子は、猛(もう)ダッシュで逃(に)げて行く。えっと…、あたしは、どうすればいいの? あたしは、手紙を読(よ)んでみた。
「何よこれ。あたしの名前(なまえ)じゃないんですけど…。渡(わた)す相手(あいて)、間違(まちが)ってるよ!」
<つぶやき>残念(ざんねん)でしたね。男子諸君(しょくん)、渡す相手はちゃんと確認(かくにん)しないといけませんよ。
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男が妻(つま)に付き添(そ)われて病院(びょういん)にやって来た。先生(せんせい)を前にして妻が言った。
「先生。この人、どうかしちゃったんです。しゃべり方が戻(もど)らなくなったみたいで…」
男が口を挟(はさ)んだ。「どうもしてないでちゅよ」
妻は悲(かな)しげに、「ほら、こんなんなんです。――もう、普通(ふつう)にしゃべりなさいよ」
「もう、ぷんぷんしたら、だめでちゅ。おちごと、おやちゅみちまちゅから…」
先生は首(くび)をかしげて、「ん~、これは…。こうなったきっかけは、何かあったんですか?」
妻はばつが悪(わる)そうに、「それが、小さな子供(こども)がいるんです。この人、ふざけて子供と同じようなしゃべり方してたら…。最初(さいしょ)は、冗談(じょうだん)でやってるとばかり…」
「ふざけてないでちゅ。もう、いやいや…でちゅ。このまんまでいいでちゅよ」
「あなたは黙(だま)ってて。このままでいいわけないでしょ。仕事(しごと)はどうするのよ。今は有給(ゆうきゅう)で休(やす)んでるけど、いつまでも出社(しゅっしゃ)しないわけにはいかないでしょ」
先生が二人をなだめるように、「まあまあ、奥(おく)さん。心配(しんぱい)は分かります。ここは、冷静(れいせい)に対処(たいしょ)しましょう。私も、こんな事例(じれい)は始(はじ)めてなんですが…」
妻は真剣(しんけん)な顔で、「先生、治(なお)りますよね。元(もと)に戻してください」
「では、お子さんと会話(かいわ)しないためにも…。しばらく入院(にゅういん)して、様子(ようす)をみましょうか?」
「そ、そんなのいやでちゅ。おうちにかえるっ!」男はだだをこね始めた。
<つぶやき>これは、なに? もし旦那(だんな)がこんなことになっちゃったら…。どうしましょ。
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