冷蔵庫の中身があまりない。
何故かと言うと、もうしばらくしたら、夫婦で1か月ほどの旅行に出る予定であるからだ。
保存がきかないものは、旅行前に食い尽くすつもりで、買い物も控えていたのだ。
とはいえ、少々早かったようだ。
昼から、外に出かける用事もある。
家内に、
あそこに、昼飯喰いに行くぞ、あそこに。
なんせ、こんなに長く久留米人やっているのに、あそこには未だ行ったことが無いんだから。
べら安
今や、絶滅危惧種に指定せねばならぬ、純正大衆食堂である。
見よ、このレトロ感。
店の入り口付近の雑然とした感じ。鉢巻看板のテント生地の傷み具合。モルタル壁の汚れ具合。
どこをどうとっても完璧である。
文句のつけようがない。
場所が、一方通行の裏通りにあるのもまた良い。
狭い店内にはL型のカウンターと、テーブル席が3つ4つあるだけである。
家内と共に、カウンター席の一番奥に座った。
振り返ると、そこには赤穂浪士の義士名鑑が掲げられていた。
この意味不明さ加減。
懐かしの大衆食堂はこうでなくてはならぬ。
もう完璧を通り越してしまっている。
胸が熱くなった。
こんな懐かしい食堂では、メニューを見ながら、注文に悩むのも楽しみの一つである。
チキンライスやかしわうどん、親子うどんか。
今や珍しくなったメニューが、ここにはちゃんとある。
メニューの文字が、「やあ、しばらく」とにっこり笑いかけてくれているようだ。
えーと、他には・・・
具入りうどん?
具?
ここで言う、きつねうどんと丸天うどんの上位にある具って・・・
「具ってなに!」と危うく叫んでしまう所だった。
まて、それどころか、
月見うどんが450円、卵とじうどんも450円、さらに玉子うどんは430円。
・・・
月見うどんて生卵を乗っけただけだろ。
卵とじうどんは、少なくとも一手間かけて、ネギとか何らかの具を綴じている筈なのに、なぜに同じ値段。
更に、そこに割って入る、字からして使い分ける必要があった、謎の玉子うどんとは一体?
ひょっとして、俺が思っている月見うどんが玉子うどんで、月見うどんと書かれている物こそが正体不明なうどんなのかも。
果たしてその正体とは?
それとも・・・
えーーい、囚われるのは止めろ。
無限のループに入ってしまう。
うどん以外を注文すればいいじゃないか。
辛うじてメニューを決めた時は、肩で息をついていた。
嘘だ。
家内が頼んだのは、人気のチャンポン。
スープはおそらくうどん出汁と同じもの、もしくはそれをベースとしたもの。
今は、業務用の豚骨スープなどあって、簡単に本格的なチャンポンは作れるかもしれないが、昔の大衆食堂のチャンポンはこれなのだ。
敢えて変えない所に価値がある。
もし、このチャンポンに、いちゃもんを付ける人間がいたとしたら、それは完全に間違っている。
変わらない味こそが、ここの価値なのだ。
こざかしいチャンポンの定義など、ここでは無意味である。
さて、私が頼んだのは、メニューには『ランチ』としか書かれていない、まことに解りづらいものである。
「はい、おまちどーさま。」
皿に乗っているのは、
ハンバーグにオムレツ(肉うどんの肉入り)、トンカツ、ポテトサラダ、何故かハム、あとはキャベツやトマトと具だくさん。
これに旗でも刺さっていようものなら、完全にお子様ランチである。
でも、、、いや、だからこそ嬉しい。
それでいて、それぞれが、きちんと作られていたのは言うまでもない。
うまかったー、ごちそうさん。
また来るよ。
もうすでに、次回のメニューは決まっている。
家内には月見うどんを注文させる。
そして、俺は具入りうどんだ。
これで一挙に、全ての謎は解けるはずだ。