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Tシャツとサンダルの候

耕す



久留米の南町に畑地を持っている。

親父が元気だった頃は、そこで野菜や花などをつくっていた。

その親父も亡くなり、畑仕事に興味が無い私は、10数年来ずっと放置したままだった。



それがつい最近、

埼玉に住む友人から、久留米で一人暮らしをしている年老いた父親の為に、そこを使わせて欲しいとの申し出があった。

彼の老父は、現在自宅から10km程離れた場所に畑を持ってはいるが、何せ老齢である。

車の運転をさせるのが心配だと言うのだ。

尤もな事である。

南町なら自転車でも行ける。


「それがよか。金やら要らんけん、好きなように使ってよかばい。」



その為には、先ずは土地を復活させねばならぬ。

だがしかしである。

事はそう簡単ではないのだ。




ドーーーーーン



10数年の月日は、雑草や灌木が生い茂るジャングルに変えていた。

素人の私には、手に負えないのは明らかである。

先ずもって、農機具一つないのだから。

このブログに何度も登場する、茶農家を営む後輩を呼び出したのは、自然の成り行きと言うものである。


「すまんが、手伝ってくれ。確かお前、手押しの耕運機持っとるやろ?」(私)

「あれは壊れとります。畑にするのは何坪ぐらい?20坪?人力でやれますよ。」(後輩)

「マジか。」



9時過ぎ、先ずは後輩が草刈り機で除草する。

その後、鍬で耕す事になるのだが、これが容易ではない。

先ずもって、私自身が戦力にならぬ。

鍬を振った事など、今まで一度だってないのだから。

なのに、頼みの綱の後輩は、人に会う約束があるとかで、12時には久留米を出ると言う。


お前はシンデレラか!


そう言う訳で、何しろ、時間に制約があるのだ。

そうとなれば馬車馬のように、シャカリキになって鍬を振るしかない。

途中経過の画像が無いのは、そんな余裕など無かったからである。



2時間半の貴重な(主に後輩の)労働により、漸く畑の畝らしきものが完成した。

考えてみれば、リタイヤして以来、生産性を伴う労働をしたのは、初めてである。





・・・でけた。






このブログを書いている今、最大級の筋肉痛に呻いている。

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